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ひと夏の命くれない

同志Aからのお題:legend


「山口百恵は菩薩である」と、かつて評論家の平岡正明氏は書いたが、歌謡界の“レジェンド”山口百恵が菩薩ならば、瀬川瑛子もまた菩薩である。スリムで長身、優しい微笑み。歌う御姿は観音菩薩のよう。しかも近年は、髪をゴールド系に染め、衣装もキラキラでゴージャス。これぞ金色に輝く、生き仏さまではないか。

瑛子菩薩を考えるとき、あの夏を思い出す。

時は1987年8月。高校2年生の私は、飛騨高山→立山黒部→京都→大阪などを巡る修学旅行のバスの中で、一人妄想していた。この道中で、時間を持て余したクラスメートたちが歌い始め、もし私のところにもマイクが回ってくるような事態が発生したならば、何を歌うべきか、と。

松田聖子ぞっこんのC君は、待ってましたとばかりに「Strawberry Time」を熱唱するだろう。ノリのいいM君ならTM NETWORKの「Get Wild」か、などと予想。

そんな時、私の脳内選曲委員会で急浮上してきたのは、なぜか瀬川瑛子の「命くれない」だった。中森明菜「TANGO NOIR」や吉幾三「雪國」など数多くの強豪を抑え、87年のオリコン年間シングルチャート1位に輝く大ヒット曲になったこの歌は、我々ヤングの耳にもしっかり届いていた。

バスは緑濃き山々を抜けながら、本州の真ん中をひた走る。車窓から眺める景色に、和のテイストを感じ、それが「命くれない」につながったのかもしれない。音程も私に合う。決まりだ。

しかし、真面目君で通っている私が、いきなり「命くれない」カードを切ると…車内の空気はどう転ぶ? 女子の反応は? ここは歌うべきか、いや歌わざるべきか。モンモンかつニヤニヤしながら数日を過ごした。

結局、バスの中でマイクは回ってこなかったし、自分から手を挙げることもなかった。妄想は成仏されぬまま、最終地・大阪で霧散した。

♪いぃぃのち くれな はぁい〜 

歌っていたら、人気者路線にシフトチェンジしていたか、はたまたドン引きされたか。それは神、いや菩薩のみぞ知る。ある意味「ひと夏の経験」として、クラスの「伝説」にはなったかもね。

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