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みずいろの雨に唄えば

同志Aからのお題:アーケード街


宮部みゆき先生の作品に「地下街の雨」という短編(集英社文庫に収録)がある。会社の同僚との結婚が式の直前に破談になり、失意のうちに退職した麻子。八重洲の地下街のコーヒーショップでくすぶっていた彼女の前に「あの女」が現れ…。

ずっと地下街にいると、天気の変化に気がつかない。通りを行き交う人々が濡れた傘を手にしているのにふと気づき、ようやく状況の変化がわかる。そんな〈地下街の雨〉のことを「裏切られた時の気分と、よく似てるわ」と「あの女」は言うのだ。

もしも舞台が「アーケード街」だったら。日よけに当たる雨粒の音や空の明暗の移ろいが多少わかる分、地下街よりも天気の変化には気づきやすそう。「アーケード街の雨」バージョンなら「裏切られつつあるとわかってしまった時の気分と、よく似てるわ」となるかもね。うーん、しまらない。

しかし、ここでアーケード街の「雨」が「血の雨」だったら…と妄想してみる。ホッケーマスクを被り、チェンソーを手にしたあの男がアーケード街を襲う。「ギャー!」と絶叫が聞こえてきそうだが、あれれ? 聞こえてこない。しまった。ここは空店舗ばかりのシャッター通りだった。しかも数少ない現役店舗は、緊急事態宣言下で早めの店じまい。ジェイソン残念。とぼとぼ。

アーケード街の端っこで時短営業に応じない赤提灯を発見し、のれんをくぐるも「あああ、ごめんね。今いっぱいなんで」と、カウンターの向こうで両手を合わせ、大将ペコリ。その姿に、すっかり乱入のタイミングを逸し、振りかざした凶器のもって行き場に困っていると、入口近くのテーブルに陣取っていた赤ら顔の爺さまたちが「兄さん、そのフェイスシールド、イカすねえ。飛沫対策は万全だ」と自慢のホッケーマスクをほめてくれるから、まんざらでもない気分に。仕方ねえ、出直すとすっか。アーケード街から一歩出ると、春の雨がしとしと降っていた。

名短編「地下街の雨」は「あの女」の加速するサイコ的行動にドキドキさせられる。かたや脳内爆走中の「アーケード街の雨」はサイコキラーも濡れる街角になりそな予感。この続きはどうなる?

「人は切っても、期待は裏切らないぜ」

マスクの中で男がニヤリと笑ったような気がした。



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