その日は突然やってくる
どうしようもない話をひとつ。
それは寒さが厳しくなってきた11月の中旬。入浴後のことである。
お風呂からあがり着替えをすませ、いつものように洗面台の前でスキンケアをしている時のことであった。
「かーーーーん」
突然降ってきた音にびくりとした。何事だと、誰もいないはずの浴室を振り返る。
浴室は静まりかえっていた。
浴室のすりガラスごしに動くシルエットなどなく、普段と変わらず換気扇の低い動作音がしてくるだけだ。
気のせい?
いや、そんなわけない。あれは何かが落ちた音だ。
浴室内で落ちる物といえば、洗顔フォームである。某百円均一の店で購入したフック付きのピンチに家族分の洗顔フォームを挟んでぶらさげている。
それが、つるっと滑って……
だが、それらが落ちたような音ではない。
なら、洗面器?
たしかに「かーーーーん」といった甲高い音はプラスチック製品が落ちたような音に似ていた。だがそれとも違う。もっと軽い、なにかだ。
ビビりなわたしは覗き込むようにして、浴室の扉をゆっくり開けた。
浴室にはもちろん人影などない。小さな妖精さんなんかもいなさそうだ。ただ洗い場には、白い半球状の物が転がっている。
なにこれ?
浴室に足を踏み入れ、ナゾの物体を拾い上げた。
これって、見覚えがあるな。なんだっけ?
記憶をたどろうと視線を天井に向けた。
なんてこった!
これ、照明のやつじゃん!!
シェード、というべきなのだろうか。つまりは照明の傘、カバーである。それが落ちていたのだ。
なんで?
シェードをいろんな方向から観察する。
正面から、あるいは斜めから。そして、下から覗き込むようにして。
あれ、なんか汚れてる?
真っ白なはずのシェード。しかし、内部が薄茶に染まっている。
洗面所の明かりを背に、現場検証し続けるには無理があった。シェードを手にしたまま洗面所に戻る。
なんか歪んでる?
天井にはめ込み固定するネジのような螺旋部分がくにゃりと曲がっていた。ぐにゃり、じゃない。わずかだけ、くにゃっとだ。それとともに、よく小さな虫が息絶えている中央部分も虫ではなく、薄茶になっていた。
数度のまばたき。
そして気がつく。
溶けたんじゃん!
そこからの頭の回転は、わたしにしては早かった。
きっと電球のワット数が違っていたんだ!
だけど、シェード落ちてきた方っていつ買ってきたやつ?
買って取り付けたのって半年以上前だし、二つあるうちのどっちの照明が最近替えた方かわかんない!
片方でもいける?
でも、大丈夫だった方の電球も怪しくない?
ビビりなうえ、じぶんを信用できないわたしは、シェードを元の位置にガムテープでくっつけ、浴室の照明スイッチに「使用禁止」と張り紙した。
こわいんよ。
感電とか、片方だけ使用していたために火災になりました、とか。
電気代節約のため、ふたつあるうちのひとつの蛍光灯を外してます! なんて考えられない。
さて、どうするべきか?
この後、仕事を終えた娘が帰ってきてお風呂に入る。だが、明かりがない。
苦肉の策で出したのは、こちらも百円均一の店で購入したプッシュ式のライト。こちら、背面に磁石がついており、浴室の壁にくっつく。
これを感電しないようにジップ付きの袋に入れて……
翌日、仕事から帰ってきた夫に事の顛末を話した。
「じゃあ、風呂、暗いじゃん!!」
「うん、そこは近いうちにランタンを買ってくる予定」
「えぇ。だけど、不便じゃん。いちいちさ。それに、たいして明るくなんないじゃない?」
「そうかもしれないけど。ほら、癒し空間ってことで! ほの暗い感じが世間の喧騒を忘れさせてくれるよ。忙しくて、仕事に疲れているあなたにピッタリってね!」
「湯船にバラを浮かべなきゃ」
たまたまリビングにやってきた娘が悪乗りする。
「ついでにキャンドルもたいちゃう?」
乗っかってみた。
突然、わが家に、癒しの空間が出来たのであった。
※写真は浴室の照明から外した電球。まだ使えるし、そのまま捨てるのもしのびないので、写真ACに投稿してみました。審査、通るかな?