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少女探偵の源流はそもそもどこなのか問題

『少女トラベルミステリ』の序盤に少女向けミステリについてどういう認識でいるかという定義などを書いていこうと思って、年表を作りながらあれこれ考えていました。

星子ひとり旅シリーズ、幽霊事件シリーズと比較するためにお姉さん世代に当たる女性探偵は誰なのか、彼女達を書いている女性作家は誰なのか。ここについてはトラベルミステリを前提とすると間違いなく山村美紗先生だろうと思います。小説のほとんどの主人公が女性であり、一番の人気スポットでもある京都を舞台とした作品を数多く書いていることからしても間違いないと思います。
もちろん同時代に多くのミステリを執筆した夏樹静子先生の作品には、人気の高い弁護士、朝吹里矢子や検事、霞夕子のシリーズがありますが、この両主人公のシリーズはあまりトラベルミステリ的な作品ではありません。
逆に旅情的だったり、特定の場所を舞台としたミステリを書かれているのは平岩弓枝先生ですが、ワタシの読んだ作品では平岩先生のミステリには探偵役がきっちりと設定されていない作品が多く、人気の探偵ヒロインはいません。(人気シリーズ『御宿かわせみ』にはミステリ色の強い作品があるようですが、こちらは未読です)

もちろんこの世代にはまだ何人も人気の女性ミステリ作家はいますが、どうも探偵ヒロインが人気、かつ上記の三人の先生くらい大ヒットを飛ばした女性作家というと候補から外れてしまいます。星子ひとり旅シリーズ、幽霊事件シリーズの前の前の世代には人気の少女探偵、女性探偵はいなかったのではないか。そういう疑いを持ちました。それで探偵ヒロインの源流はどこなのかを探してみることにしました。

少女雑誌などでミステリは連載していなかったのかというと、なくはありません。多くのミステリを書く作家が少女雑誌にも寄稿しています。ただ、江戸川乱歩の少年探偵団のような「少年期にみんなが喜んで読む、読んでいない人も名前くらいは当たり前に知っている」探偵キャラクターが少女向けではとんと聞きません。

少女漫画は1973年にわたなべまさこ『聖ロザリンド』が出ていますし、同じ年に和田慎二『愛と死の砂時計』が出ていますが、これより前に誰もが知るミステリ作品、しかも探偵ヒロインがいる作品を聞いたことがありません。

少女小説で明らかに探偵ヒロインが登場する人気作と言えば、1952年に連載開始した西條八十『あらしの白ばと』ですが、当時に後進が全く出ていないこと、その後第一巻のみしか刊行されなかったことを考えると、この作品で探偵ヒロインへのニーズが一気に増えたとは考えづらいです。
そして戦前に遡って、女性の探偵小説作家も何人か確認しましたし、女性探偵を書いた作品も見つけはしたのですが、今も読みつがれている作品とは言いづらいです。まかり間違っても『少年探偵団』くらいの牽引力がある作品は見つかりませんでした。

「だとすると、基本は翻訳作品からか」と思い直し、海外作家の作品をいろいろ見てみました。正直眼が眩みました。

海外作品には女性作家も女性探偵も多いんです。かなり多いんです。職業探偵ではない女性探偵役の登場する『質屋探偵ヘイガー・スタンリーの事件簿』は1897年刊行。19世紀です。『隅の老人』で有名なバロネス・オルツィの『レディ・モリーの事件簿』は1910年。こちらは探偵役のレディ・モリーは女刑事です。女性職業探偵が出てくる『ヴァイオレット・ストレンジの事件簿』は1915年。そして何と少女探偵ものの『Ruth Fielding of the Red Mill』が出たのは1913年。女性職業探偵が出てくる作品よりも少女探偵ものの方が早いのです。このルース・フィールディングのシリーズはナンシー・ドルーやその他の少女探偵ものの執筆者が何人も関わっていて、少女探偵ものの源流となっているようです。

追記。初めての女性探偵については『質屋探偵ヘイガー・スタンリーの事件簿(国書刊行会)』掲載の訳者の平山雄一氏の『訳者あとがき』で1864年、著者不明『ある女性探偵の活躍』に登場するパスカル夫人と、同年アンドリュー・W・フォレスター・ジュニア『女性探偵』のG夫人とあります。他にも19世紀に刊行された女性探偵主人公の作品は何冊かあるようです。ただし確認できていないので情報の付記だけにとどめます。
機会があった時に読んで確認してみます。

前述のナンシー・ドルー第一作『古時計の秘密』が出る1930年(この年はアガサ・クリスティがミス・マープルものの第一作『牧師館の殺人』を刊行した年でもあります)ですが、これより前にも何作も少女探偵ものの本が出ています。

英語圏では少女探偵ものの小説が昔からかなり多く出ていて(多分、少年探偵ものの小説もそれなりに多いはずです)、そのうちの最も有名なナンシー・ドルーはヒラリー・クリントンを始めとする著名人や、現役の女性ミステリ作家が子供の頃に読んでいます。そして2002年、作者の一人ミルドレッド・ベンソンの死亡記事に17ヶ国で累計2億以上の本が出ているという情報が出ています。

Nancy Drew's first author dies

ウィキペディア情報ですが、シリーズ作品の累計としては世界で第8位です。

ウィキペディア ベストセラー本の一覧

これだけの部数を売っているので、ナンシー・ドルーに影響を受けてミステリ作家になった少女達もかなりいます。ジル・チャーチルは子供時代にナンシー・ドルーを愛読していたり、アマンダ・クロスは本名のキャロリン・G・ヘイルブラン名でナンシー・ドルーに関する評論を書いたりしています。
他にもギリアン・ロバーツ『フィラデルフィアで殺されて』作中で、探偵役のヒロインを子供向けの少女探偵ものであるナンシー・ドルーの名前を出して当てこするなどのシーンがあるようです。(未確認。後で追記します)

この圧倒的な読者層の厚さがある少女探偵ものなのですが、日本では新シリーズを含めて28作しか刊行されていません。(同じ本が他社でも出版されているので冊数はもっと多いですが)新シリーズになってからの作品を含めて170作以上あることを考えると、英語圏のような問答無用の大ヒットではないようです。

ナンシー・ドルーを始めとする英語圏の少女向けのミステリの影響は、日本の少女向けミステリ作品にはあまり及んでいないと考えていいだろうと思います。

つまり、再び日本の小説家、漫画家のラインに戻って「誰が少女探偵、女性探偵がヒットした源流になった作家なのか」を考えねばならないようです。

次回は多分少女漫画のミステリ作品か、山村美紗、夏樹静子、平岩弓枝を中心とした、大ヒットした国内女性ミステリ作家について書く予定です。

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