おこしメーカーを家業に持つ、細谷誠さん
家業があって、それを自分に合った形でサポートしたり、進化させたりしている人のことを、僕らはグラフトプレナーと呼んでいる。いったいみんな、どんな活動をして、どんな毎日を送っているんだろう。今回は、東京都荒川区東日暮里で59年続くおこしメーカーを家業に持つ、細谷 誠(ほそや・まこと)さんにお話を伺いました。
日暮里で59年続くおこし専業メーカーを家業に持つ細谷さん。おこしってあのおこし?と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、そのおこしです。お米でできた甘いおやつのおこしのメーカーとして、菓子問屋におこしを提供し続けてきました。
「創業したの祖父は僕が生まれる2年前に他界してしまいました。母方の叔父が2代目として継いでいて、自宅の1階にある工場では小さな頃から絶えずおこしが作られていました」
戦後、甘いものが貴重な時代にお菓子のバリエーションはかなり限られたものでした。チョコレートなどはなかなか手に入れることができない贅沢品で、誰でも甘いものを食べられるようにというお祖父さまの想いでおこしが作られました。そんなおこしが自宅の間近で作られる環境で育った細谷さん。おこしメーカーは自慢の家業でした。
「小さい頃は友達が遊びに来るとおこしの材料である水飴をみんなで食べたり、菓子問屋さんがくれる駄菓子を食べたりして過ごしていました。それが特別だということにも気付いておらず、おこしは生活の一部でした。牛乳をかけて食べたり、アイスクリームと一緒に食べたりもしました。意外と、いろんなものに合うんです」
継ぐつもりのなかった家業に入るきっかけ
いつも甘い匂いのするおこしのある生活を送っていた細谷さんですが、家業を継ぐつもりはまったくありませんでした。
「叔父が自分の代で家業をたたむと公言していたので、そういうものなんだな、と思っていました。学生の頃はエンジニアになりたいと思っていて、大学は理系に進学。進路選択にも家業を継ぐ選択肢は全くありませんでした」
大学を卒業して、広く世の中の仕事を知りたいと思い、人材系の会社で営業職についた細谷さん。仕事に夢中になっている時に、転機がおとずれます。
「社会人一年目の冬に祖母が倒れたのです。家業は祖母、叔母、叔父の三人で切り盛りしていたので、そのうちの一人が倒れてしまうのは大きなことでした。時代背景的にもおこしを食べるような時代ではないと考えも相まって本格的に家業を閉じる話が始まったのです。その時、自分がなんとかしないとという気持ちが初めて芽生えました。大好きなおこしがなくなってしまうのが寂しかったのです」
「思い立ったらすぐ行動」の性格をしている細谷さん。すぐに会社をやめておこしづくりに取り組みますが、道のりは険しいものでした。
おこしの再建と発掘したニーズ
「社会人経験は一年しかなく、満足な人脈もありませんでした。まして事業再建の経験があるわけでもなく、家族からも他の会社を薦められる中、家業をつぎました。特に叔父からは、不安定な家業を継ぐことで家庭が持てなくなるのではないかと心配されていました」
家族の心配をよそに、おこしの再建を構想しはじめて一年。細谷さんが手がけるあらたなおこしのブランド「OKOSHIYA」が登場しました。古き良き伝統的なフレーバーを残しつつ、手に取りやすいパッケージデザインにしてみたり、手土産需要を狙って女性をターゲットにした、これまでにないピーカンナッツやラズベリー味を含んだ「aun」も立ち上げました。
「子供の頃からおこしを食べてきたので、だいたいどんな味なら合うかの検討はつきますし、日常生活で何かを食べても、これはおこしに合いそうだと自然に考えている自分がいます。自分の味覚を信じて、これから50種類ほどのおこしを作っていく予定です」
これからの構想では、卸売だけではなく店舗を構えたり、OEMなどを手掛けながら今の工場とメンバーで最大の売り上げを目指すのだそう。その先には、おこしをつまみに大人がお酒を飲めるスペースや、子供たちがお菓子づくりに触れることができる工房のような店舗など、夢は膨らむ一方。現在は叔父さま、叔母さま、お母さまの3名と細谷さんで家業を営んでいます。
家族と働くのは大変なことはないですか?と聞くと、こんな答えがかえってきました。
「家族で働くと、もっと家族と仲良くなれて、楽しいですよ。それに昨年に結婚もして、もうすぐ子供が生まれるんです。これからの家業が楽しみで仕方ありません。」
古くから続く家業にありがちなのは、先代がその可能性をあきらめてもう閉じることにしてしまうこと。けれど、世代が変わることであらたな家業の魅力を発掘することもできるのです。それを身を持って証明している細谷さんの家業、そしておこしのこれからが楽しみです。
(文:出川 光)
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