川を渡って月を見た。
Now&Here#13 (2015年9月記 旅の途中で見た”紅い月”)
何十年もの間 乗り継いだお決まりの通勤電車。
目的の場所までは、いくつかの川を渡ってたどり着く。
朝、陽の光を乱反射してきらめく川面。
夜、月明かりを揺らしてくたびれた街を癒す。
その窓から見えた世界は限られた小さな小さな世界。
川底では邪悪な光、清らかな闇が 混ざりあい、
こんこんと海へと流れて行く。
気がつくとつり革にぶら下がった
ぼくの隣に意地悪で,いけ好かなく,怠惰な自分がいた。
見えていたものも見えないふり。
邪まなものや聖なるものとの鉢合わせを
わざと避けるようにステップを踏んでいたんだ。
幸せな境遇、不幸な境遇。
死ぬことが夢 と君が言う。
涙をたっぷりと堪えた魚眼レンズ。
はがれかけた化けの皮。
ぼくらを虜にした文明というメッキが
ヒトの本性を覆い隠してきた。
その圧力に耐えきれずに 街のあちこちで刃が暴発する。
原始の魂を泡立たせるかのようなまばゆい夏の日差し。
魂の入れものが、このままカゲロウの様にプシュッと
蒸発してしまいそうだ。
そんな崖っぷちのヒトビトの営みの片隅に
鮮やかで狂おしいロックサウンドが届けられた。
生々しく悶え唸るグルーヴとサウンドは、
ぼくにカウンターパンチを繰り出す。
「いつやるの?」 ほっておいて欲しい。
曇りのないほんのひとしずくの情熱。
何処までも輝き続けるまぶしい永遠の経験。
トロピカルな色をまとった不確かな世界。
秒針のように夏の終わりをなぞるアコーステックギターの音色。
暮れなずむこの夏の街の景色を胸に刻みつける。
ポケットの中で握りしめた、今にもこぼれ落ちそうな
ハートブレイクと約束の水晶は,やるせない空間と
厳格な時間の波間にそっと漂わせておこう。
コンパクトなフォーマットや塩化ビニール板に
収まった様々なヒトビトが織りなす楽曲達は、
その最後の一音が消えたあとに、ぼくの体内でさらに
入り組んだ音の連なりとして増幅されて聴こえてきます。
梅干しのような月が、崖っぷちまで栄えた
この街の白夜の空に浮かぶ時。
ぼくらが住むこの国と自分の魂の危うさが露わになる。
潮時。お払い箱。
ぼくは残りの時間に新たなステップを
踏むことができるだろうか?
からみつくいやな空気、迷宮の中へと
深く飲み込もうとする力よりも
更に強く、確かな光を携えて
佐野元春&TheCOYOTE BANDはこの荒れ地をシッソウする。
青白い月の光が注ぐ川のほとりで鉄橋を
通り過ぎる電車を眺めながら、ぼくは崖っぷちの
Blues を口ずさみ、君は壊れたビートで転がっていく......。
月夜に風が心地いい。
今にも崩れてしまいそうな君がそこにいるなら、
ぼくは風に導かれるまままだ見ぬ旅に出る。
やがて訪れる世界のなれの果てを,君と見届けるために。