違和感(短編小説)
[悲しい顔/三日月/時計(4時)]
うっすらと目を開けると、鼻のすぐ先で陽輔が目を細めていた。
「起きた?」
「起きた」
この景色はよく見る。
私が目覚めると、彼はじっと私の顔を眺めている。それの何がそんなに面白いのだろうか、彼は見ていて飽きないんだ。と言った。どのくらいそうしていたのか訊いても決まって、わからない。とまたいつものように微笑む。
でも今日は何かが違う、変な違和感があった。
部屋が薄暗いんだ。
「何時?」
私が尋ねても彼は小首を傾げて表情を変えない。
ベッドの周りを弄ってもスマホは見つけられなかったので、私は壁に掛けられた針時計を見た。
まだ寝起きで焦点が定まらなかったが、その時に視界に入ったそれを見て不思議に思った。
開けられたままのカーテンで晒されたベランダ、その向こうにはうっすら白んだ三日月が見えた。空はまだ現実味のない中途半端な色をしていて、私はことの重大さを滲み出す冷や汗と一緒にジワジワと実感し始めた。
「え、ちょっと! 何時なの!」
急な焦りに眠気が吹き飛んだ私は、今度こそ時計の針をしっかりと確認した。
針は、4時を指していた。
一気に血の気が引くのが自分でも驚くほどに分かって、反面に耳は熱くなってきた。
この一瞬、私の身体中を駆け巡っていた血が頭に集合したのではないかとすら錯覚した。
「なんで起こしてくれなかったの?」
焦りであまりにも頭に血を集めたすぎたのか、それは怒りにも変換された。陽輔に対する怒りだ。彼はまだ同じ表情を保ったままでいた。いや、よく見るとそれは微笑みでなく、ちゃんとした笑顔になっていた。
「何がおかしいの。完全にサボっちゃったのよ!」
すると陽輔の表情が崩れた。堪えるのを我慢しきれなかったのか、とうとう吹き出して笑った。
私はそれに目を見張った。信じられない。私がこんなにピンチな時に、笑ってるなんて。
私の憤怒の表情があまりにも醜かったのか、彼は肩を小刻みに揺らしながらも、ごめんごめん。と軽くあしらう様に謝った。そしてこう続けた。
「まだ朝だよ」
その瞬間、フッと全身の力が抜けた。今が午後の4時だと勘違いして焦る私を見て陽輔は笑っていたのだ。その意地悪さには腹が立つものの、今は安堵の気持ちの方が強かった。
「なんなの、もう」
ベッドにへたり込んだ私を、陽輔はなぜか満足そうに眺めていて苛ついた。はあ、と深くため息をついて睨みつけると彼は笑顔のまま肩を竦ませた。
その時私は気づいた。
それを思うとなんだか怖くなって、また血が全部抜かれるような感覚に襲われた。
陽輔はこんな時間からずっと見つめていたの?
いつも?
反射的によぎった恐怖心をそのままに陽輔を見ると、私は上手に顔を作れていなかったのだろう、彼はそれをすぐさま感じ取って、今度は物悲しい表情になった。