コーポレート・ガバナンス関連ニュース(2019/10/29)
マスク氏の巨額報酬、法廷闘争に
【記事の注目ポイント】巨額の役員報酬の適切性について、米デラウェア州で裁判が行われる。電気自動車メーカーのテスラ(TSLA)の取締役会を訴えた同社の株主であるリチャード・トルネッタ氏は、同取締役会が2018年1月に、共同創業者兼最高経営責任者(CEO)のイーロン・マスク氏に対する最低賃金(慈善団体に寄付される)と同社の時価総額にリンクした12段階のストックオプションを含む10年間の報酬パッケージを承認したことに対して、取締役会がその信認義務に違反したと主張。ストックオプションは、テスラの時価総額が6500億ドルに達した場合、560億ドルの価値になる(オプションは時価総額が500億ドル増えるごとに権利が確定する)仕組みである。報酬の潜在的な価値は、数十カ国の国内総生産の合計を上回る金額にもなることから超高額報酬とその決定のあり方について注目が集まるとのこと。
【コメント】日産のゴーン氏が過去の発言で「グローバルレベルでみると自分の報酬は決して高くない」と言い続けていたことが、それは完全なる事実で、グローバルの大企業(特に米系)のCEO報酬は数億~数十億円以上になることが多い。その中でも今回のイーロン・マスクのようにBase Salaryが極めて低くストックオプションが最大数兆円に上るというのは、過去に類を見ないけた違いな報酬である。過去にGoogleのサンダー・ピチャイCEOやAppleのトム・クックCEOなど100億円を超える報酬を得たCEOは数名いるが、数千億円以上になるとスナップ・チャットのCEOであるエヴァン・スピーゲル(女優のミランダ・カーの夫)が巨額のストックオプションを得ていた時くらいだろう。今回の法廷での結果についてはともかく、果たして数千億円~数兆円という桁違いな報酬がそもそもインセンティブとして機能するのかということを、取締役会や報酬委員会でどのように議論したのかということの方が、コーポレートガバナンスを専門とする者としては気になるところだ。
ナイキとアンダーアーマーのCEOが退任 無敵CEOの時代は終焉へ?
【記事の注目ポイント】かつて絶大な権力を持ち、高給を得ていた最高経営責任者(CEO)を見る目が厳しさを増している。企業幹部向けコーチングサービスを提供する企業Challenger, Gray & Christmasによると、2019年になってから米国企業では、過去最高のペースに当たる約1160社でCEOが退任している。退任理由は多岐にわたるが、実質解任というケースも相当数に上ることが予想される。ここ1~2週間の間だけでも、米系大手企業ではナイキのマーク・パーカー、アンダーアーマーのケビン・プランク、ボーイング民間航空機部門のケビン・マカリスターの3人が退任を発表しているとのこと。
【コメント】米国上場企業のCEOの退任数が今年は過去最高に上るとのこと。経営環境の厳しさもさることながら、中長期の企業を取り巻く状態をみたときに、過去の実績や経験だけでなく、変化の激しい時代に対応できる新たなトップに託すべきと決断を下す取締役会があってこそ、こうしたダイナミックな動きが可能になる。翻って日本の状況をみると、そこまでの切迫した危機感には乏しく、未だに形ばかりの社外取締役が(これまた形ばかり)参加している指名委員会で、予め決められたストーリーにしたがって、候補者選びを一応行っているというのが恐らく大多数だろう。まだまだ道のりは遠いが、こうしたことを続けている間に、グローバルの先頭集団はどんどん先を行ってしまう。やはり、アクティビストやその他の機関投資家などが圧力を強める以外に、なかなか現状は変わらないだろう。
「投資の際に企業のESG・SDGsを考慮」6割超、電通PRが意識調査
【記事の注目ポイント】電通PRの研究機関である企業広報戦略研究所は10月24日、全国の生活者1万500人を対象とした「2019年度ESG/SDGsに関する意識調査」の結果を発表。ESGの認知率は昨年比3.3ポイント増の18.3%、SDGsの認知率は昨年比8.5ポイント増の24.2%と、ともに上昇。また、「投資を考える際、企業のESGに対する取り組みを考慮するか」という質問に「考慮する」という回答は6割に上り、一般生活者の関心の高さがうかがえる結果となったとのこと。
【コメント】まだまだESGもSDGsも一般の認知度は高くないが、確実にじわじわと浸透しているといえるだろう。決して一人ひとりの世の中に与える影響力は高くないが、一般社会にこうした概念が浸透すると、そうしたことに対応していない企業のマイナス面が強調され、結果的に「企業の常識」がより高まることになる。コーポレートガバナンスは、2015年にコードが出てから一気に広まった感があるが、ESGやSDGsも今後の浸透・強化に向けては、政策面で何らかの工夫が必要になるかもしれない。
年金マネーが求める代弁者
【記事の注目ポイント】外為法改正案の公表を受けて海外投資家から不満の声があがる。「アクティビスト(物言う株主)封じ」との見方は25日、財務省が否定したが、政府主導のコーポレートガバナンス(企業統治)改革の限界を露呈。米国では、アクティビストのトライアン・パートナーズとP&Gが約2年前に株主総会を前にして委任状争奪戦を繰り広げ、最終的にP&Gがトライアンのペルツ氏を取締役として受け入れていた。P&GのテイラーCEOは総会前、ペルツ氏を「危険な人物」と呼んでいたが、ペルツ氏が取締役に就任後、P&G株は停滞期を脱し、現在は史上最高値圏にあるなど、経営改革が進んでいるとされる。日本でも低成長企業のてこ入れにアクティビストを「利用する」視点が加われば、株式市場の風景は変わるのではないかとのこと。
【コメント】記事にあるように、米国でもアクティビストと企業は対立構造にあることが多いが、P&Gのようにアクティビストから取締役を受け入れ、経営改革に成功している例も出始めている。日本企業でもオリンパスが、アクティビストのバリューアクト・キャピタル・マネジメントから取締役を受け入れ改革を行っているとされるが、そうした例は、まだまだ全体的には少数に留まる。5期連続最終赤字であってもCEOがクビにならない企業も、日本の市場の中では存在する現状を考えると、このくらいの思い切った取り組みが必要な企業は多いだろう。
シンガポール、企業の女性取締役比率上昇 上場100社で15.7%
【記事の注目ポイント】英字紙ストレーツ・タイムズが報じたところでは、シンガポール証券取引所に上場する企業のうち、時価総額上位100社の取締役会における女性の占める比率は0.5ポイント上昇し、15.7%となったと同国政府の「経営陣多様性協議会(CBD)」によって明らかにされたとのこと。CBDは、取締役会の男女の割合を均等にする長期目標を掲げており、短期的には主要上場企業100社の女性取締役比率を20年末までに最低20%、25年末までに全上場企業が25%、30年末までに30%に達することを掲げているとされている。
【コメント】香港が拠点の投資家団体アジア企業統治協会(ACGA)が昨年末に発表した調査結果では、アジア各国のコーポレートガバナンスの強化状況では、シンガポールは3位(1位はオーストラリア、2位は香港)となっている。同ランキングで日本は7位に位置付けられており、日本よりも上位に位置するシンガポールが記事にあるような目標を掲げて、取締役会改革に取り組んでいることに注目するべきだろう。もちろん、一概に女性を増やすのが良いかどうかという議論はあるだろうが、取締役会自体が多様性を確保することは良好なガバナンスを実現する上で必須であり、そのときに人口構成比と比べて著しく低い女性取締役を高めていくことは理にかなっている。米国でもカリフォルニア州では、昨年より上場企業に女性取締役1名以上の選任を義務付ける法律が施行されるなど、女性取締役の増加はグローバルレベルのトレンドでもある。
AT&Tが3カ年計画発表、エリオットの懸念に対応-株価上昇
【記事の注目ポイント】米AT&Tは28日、取締役会の定員を2名増やすとともに、将来的に会長と最高経営責任者(CEO)の職務切り離しなどを盛り込んだ3カ年計画を発表。同社に事業見直しを迫ったヘッジファンド、米エリオット・マネジメントからの圧力を緩和させる動きとみられる。28日の発表では、ランダル・スティーブンソン会長兼CEOが退任した時点で会長とCEOの職務を切り離すことに加え、AT&Tは大型買収を今後しばらくは行わないことも明言されているとのこと。
【コメント】上の記事にある、P&Gとアクティビストとのやりとりもそうだが、AT&Tの例からもアクティビストの影響力の強さが見て取れる。ガバナンス先進国とみられる米国であっても、まだまだ改善余地の大きい企業が存在すると見られており、今後も同様の事案は増えるだろう。