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非常時に議会機能を維持するため、議会の行動マニュアル、議会のBCPを策定――岩手県陸前高田市議会

 2011年3月11日に発生した東日本大震災の津波により未曽有の被害を受けた岩手県陸前高田市。現役の議員2人、議会事務局長・局長補佐・書記(併任)も犠牲になり、議会は自然流会となった。2011年度の予算案は3月28日に開催された臨時会で可決された。市議会では東日本大震災の経験から自然災害などの非常時に議会機能を維持するため、議会の行動マニュアル、議会のBCP(業務継続計画)を策定した。


■議員・議会事務局職員も犠牲に

震災前(1985年前後)の陸前高田市の市街地(左)と2021年4月時点の市街地の(右)の空撮写真。
新庁舎の敷地内に建てられた犠牲になった陸前高田市職員の慰霊碑。左隣の刻銘碑には犠牲者111人のうち遺族の同意が得られた93人の氏名と年齢が刻まれている。

 東日本大震災と津波により岩手県陸前高田市(2011年2月28日時点の人口2万4246人)では1750人以上が犠牲になった。市職員(嘱託・臨時職員含む)は111人、消防団員51人、行政区長11人、民生委員・児童委員11人が亡くなった。市職員の犠牲率は25.1%と4人に1人に及ぶ。そして現職の議員2人、議会事務局は局長と局長補佐、書記(併任)2人の計4人も犠牲になった。 
 
 市議会では3月15日が3月定例会最終日。新年度予算案等を議決する予定だったが、震災で市庁舎は全壊し、開催できなかった。市議会では震災から2週間後の3月25日に議会運営委員会と全員協議会を開催。新年度予算が可決されたのは3月28日に開催された臨時会だった。

■非常時の議会の行動マニュアル等を作成

庁舎6階にある陸前高田市議会の議場。

 市議会では、東日本大震災の経験から自然災害などの非常時に議会機能を維持するため、2014年5月に議会の災害対応指針・災害対策会議設置要綱・災害対策行動マニュアルを作成した。

 災害対応指針では、東日本大震災に対する初動において「有効な議会活動を担えなかった反省に立ち」と作成の背景を説明。市災害対策本部(市本部)と連携するとともに、市議会の危機管理体制を整えることが目的だ。
 指針の「基本姿勢」では、「市当局が災害対応に全力で専念し、災害対応の諸活動が円滑かつ迅速に実施できるよう、必要な協力、支援を行う」「国、県、政党、関係機関等に適時適切な要望活動を行い、市の復旧・復興の取組みを支える」など4項目、「基本方針」では、議長は、市本部が設置されたときは、直ちに市議会災害対策会議を設置し、副議長とともに市議会の災害対応に関する事務を統括することや、災害の初期においては、会派及び議員からの市当局への要望は、緊急の場合を除き、災害対策会議を窓口として行うことを規定。「具体的な対応」では、災害はいつ発生するか予測できないことから、「多様な条件を想定した本指針に基づく訓練を毎年実施する」としている。
 市議会災害対策会議設置要綱第6では、対策会議は災害対策行動マニュアルに従って所掌事務を遂行する、としている。
 行動マニュアルでは、初動期(災害発生の日及び翌日)、中期(初動期を経過した翌日以降、発生日から起算して7日目までの期間)、後期(発生日から起算して8日目以降の期間)に分け、下記のような災害対策会議が設置された場合の議員の行動基準を定めている(一部抜粋)。

【初動期】
 災害対策会議を設置するとともに、議員の安否を確認し、連絡体制を構築する。
①各議員は、議会事務局と連絡を取り、安否状況、連絡先、被害の状況を報告。連絡のない議員に対しては、議会事務局から安否等の確認を行う。
②議長(議長に事故あるときはその所掌事務を代理する者)は、議会事務局と連絡を取り合い、市対策本部の設置を確認したときは、議会内に災害対策会議を設置する。
③議長、副議長、議会事務局長は、速やかに議会に参集する。
④議長は、災害対策会議の設置状況を議員に連絡する。
⑤議員は、自身の安全を確保したうえで、居住地域等において救援・救護活動を行うとともに、情報収集に努める。
⑥事務局長は、市災害対策本部の会議に出席し、災害対策会議からの要請等を報告するとともに、情報収集に努め、災害対策会議への情報提供を行う。この場合、議会事務局職員は、議長の命を受け事務に従事する。

【中期】
 災害対策会議に参集し、議長の指揮の下、被災地、避難所における情報収集を行うとともに、市災害対策本部との情報共有を行う。
①災害対策会議は、各日午前10時から開催することを原則とし、市災害対策本部から収集した情報、調査結果等を共有するとともに、次の事項について協議する。
・災害対策会議における稼働人員の確認
・今後の活動方針
・調査活動スケジュール
・調査概要(調査場所、調査項目、調査方法等)
・役割分担(被災地、避難所等への議員派遣等)
②議員は、会議の結果に基づき、担当する被災地、避難所に赴き、被災状況、避難所の状況等の調査を行う。
③調査終了後、議員は調査結果を議長に報告する。
④議長は、調査結果を集約し、市災害対策本部へ報告する。
⑤議員は、調査に際し、市民からの質問、意見等に対し、市災害対策本部からの情報に基づき、相談又は助言を行う。

【後期】
 市災害対策本部との連携の下に、復旧・復興に向けた市の取組等について検討する。
①特別委員会が設置されるまでの間、災害対策会議内に部会(総務部会・教育民生部会・産業建設部会)を置く。
②各部会は、復旧・復興に必要な施策、国、県など関係機関に対する要望事項等を調査し、結果を取りまとめる。
③議長は、調査結果を市長あるいは市災害対策本部に提言する。
④特別委員会が設置された場合は、各部会の検討経過等を特別委員会に引き継ぐ。
⑤災害対策会議は、市災害対策本部が廃止されたとき、もしくは議会内に特別委員会が設置されたときは廃止する。


■感染症対応を含めた議会BCPを策定

庁舎7階にある「一本松記念館・展望ロビー」。展望ロビーからは海が望める。

 市議会はさらに2021年8月、市議会業務継続計画(議会BCP)を策定した。対象とする災害は市災害対策本部、市国民保護対策本部が設置される災害基準等を準用。災害時の役割(議会・議員・執行機関との連携)や業務継続体制及び行動基準、感染症が発生した場合の対応及び行動基準などを定めている。

 「執行機関との連携」では、特に災害の初期においては市職員が混乱状態にあることが予測され、「議会は市が初動体制や応急対策に専念できるよう協力・支援を行う必要がある」「災害等の情報収集や要請などの行動については、議員が個々に行うのではなく、その状況と必要性を見極めた上で議会として集約し対応しなければならない」と指摘。一方で「議会の役割である監視けん制機能と審議・議決機能を適正に実行するためには、正確な情報を早期に収集し確認することが必要である。そのため、議会と市それぞれの役割を踏まえ、情報の共有を主体とする連携体制を整え、災害対応に当たる必要がある」と強調している。

 災害時に議員が個々に要望することで執行部の混乱に拍車をかける例は各地で報告されている。そのため窓口を一本化し、議会として行動とするものだ。

 また、「議員の行動基準」では「議員が消防団、自主防災組織等の役職に就き、災害対応に当たっている場合にあっても、議員の非代替性を踏まえ議員の役割や活動を優先するものとする」としている。

■新庁舎も浸水域に

高田小学校跡地に建つ陸前高田市の新庁舎。震災から10年経った2021年5月6日に開庁した。

 陸前高田市では震災から10年経った2021年4月に新庁舎が完成、5月6日に開庁した。新庁舎は免震構造の鉄筋コンクリート造7階建てで、延べ床面積約5919平方メートル。備蓄倉庫のほか、屋上には10日分ほどの電力を賄なえる非常用電源設備を配備した。

 設置場所は高田小学校跡地。中心市街地に近い高田小学校跡地か高台にするか建設地をめぐっては議論があった。2017年3月定例会では、可決に3分の2以上の賛成が必要な新庁舎の建設位置を高田小跡地にする条例案が賛成10、反対7で否決に。3か月後の6月定例会(6月9日)に同条例案が再提案され、賛成14、反対3でようやく可決した。

 高田小学校は震災津波で浸水。そのため盛り土で約5mかさ上げされ、海抜17mに。しかし、岩手県の最大クラスの津波浸水想定(新想定)によると新庁舎も浸水域に入った。有事の場合、市の災害対策本部は新庁舎ではなく、高台にある消防防災センターに置く予定だという。

 市議会では、大規模災害発生時における議会の対応策をまとめた「議会災害対応ハンドブック」も作成。初動体制のフロー図には議員の行動が示されているが、「いずれの場合も津波浸水区域は通らないこと」と注釈がある。つまり新想定の災害の場合、庁舎に議員が参集できないケースが出てくる。BCPは果たして有効に機能するのか――まだまだ課題があるようだ。



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非常時には、議員個々ではなく、議会として行動することが大事
――福田利喜議長に聞く

福田利喜議長。
初動体制のフロー図(議会災害対策ハンドブックより)。

 震災津波で議員・議会事務局職員も犠牲になった陸前高田市議会。非常時の議会・議員はどのように行動すべきなのか――。福田利喜議長に聞いた。


――陸前高田市議会では2021年に議会BCPを策定した。
 先に非常時の議会の行動マニュアルを作成し、議会BCPでは災害に加え感染症対応についても取り決めをしている。感染症の出席停止(議員が濃厚接触者となった場合)について当初は2週間となっていた。この点は、国の動向を見て、議長が柔軟に定めることにしている。
 その間に、市議会では「災害対応ハンドブック」をつくっている。震度5以上、そして津波警報が発令されたときに正副議長は登庁すると決めている。風災害の場合は市の災害対策本部が設置された場合には登庁する。実際、これまでに3回出ている。

――非常時に備えてオンライン委員会の開催は?
 オンライン委員会はテストしようと思うが、まだ条例改正は行っていない。
 津波警報が発令された際、浸水予定区域を通る議員は登庁できないことになっている。物理的に足止めとなるので、そこはオンライン委員会をやっていかないといけない。

――通年議会の導入は?
 まだ導入していない。うちは基本的に常任委員会が通年で活動できる。議長に対して「所管事務調査のためにたとえば1年間活動します」と申し出があれば、閉会中審査の運用で通年で活動できる。だから常任委員会が視察に行くのも委員長判断で、いちいち許可を取らなくてもいい。ただ委員長には、活動の報告を議長にするよう求めている。

――陸前高田市議会は東日本大震災で、議員2人、議会事務局職員4人が亡くなった。
 震災津波で議会は自然流会してしまったので、予算もなにも成立していない状態だった。全議案不成立となったので、高田一中の空き教室を借りて、3月26日に臨時会を開いて可決している。
 議会BCPを策定して何が変わったか。個々の議員が直接、担当課に要望等を言うのではなく、災害対策会議を通して、議会が集約し事務局長を通して伝えるようになったことだ。

――災害が発生したとき、議長としてはBCPで対応できますか。
 議会としてはある程度やっていけると思う。議会の対応を「初動期」「中期」「後期」に分け、議会・議員はなにをするのか、動くかを決めている。基本は自らの安全の確保と情報収集、そして(議員個々ではなく)議会として行動することだ。

――議会事務局長が市の災対本部に入ると規定している。
 情報を誰が受け、誰が伝えるかを窓口を一本しっかりつくっておく。うちの場合は、市の災対本部の設置場所がここ(市役所新庁舎)ではなく、(高台にある)消防防災センターなんですよ。

――市役所の新庁舎も新想定では浸水域に該当する。
 消防防災センターの会議室に情報が全部集中するようになっていて、広田湾や市街地の状況も映像が入る。本来、役所自体もその近辺に置くということで話が始まったはずなのに……。それが何かの理由でここになってしまった。

――現在は先が見通せない時代だと言われる。
 そうですね。よく災害時には通信の確保が大事だというけれど、ほぼ1か月、通信が途切れた地域から考えると「それって本当に大丈夫なんですか?」と思う。

――電気・電話が通じないと情報が入らないし、届けられない。
 不安ですね。(大震災時は)ラジオだけなんですよ。オンラインどころではない。基地局に電源が供給されないと電波が飛ばない。基本はやはり電気ですよ。

(文・写真/上席研究員・千葉茂明)

〇日本生産性本部・地方議会改革プロジェクト
https://www.jpc-net.jp/consulting/mc/pi/local-government/parliament.html

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