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door13
小説風の断片
「森はすでに黒く、空はいまだ青し。」というフランスの章句を僕は、その時不意に思い出したのだった。時刻は黄昏時に差し掛かるかと言ったほどであり、僕はその時特有の淡い光の束をすっかり目に持ち、今日の旅をたゆたうように反芻していた。今思えば馬鹿げた企てをしたものだ、などという賢しらめいた言葉が無意識下からせり上がって、危うく口をついて出そうな気がするけれども、それをハッと飲み込むと、僕の背中はすでに山吹色にもえ上がっていて、僕はまだ少し東に残っている、あの涼しそうな薄い浅葱色が天上から追われてゆくのを名残惜しく見つめて、もうすでに左足を徐にかけ始めているこの車両が、数秒後、僕とこの空間の連続性を失わないように配慮してくれるのを、一瞬、ほんの一瞬ではあるが、この天地の開闢以来、いや、さらには遠方の未来圏から辿ったとしても、最も強く懇願する人間となったに違いないのだ、という単純な感慨だけが、この山間の辺鄙な地域を縫うように走るガランとした鉄道車両の中に、寂しく残ったのだった。