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【勝手な創作】 異邦人の足跡
研究所の地下室で、タイムマシンの最終調整を行っていた田中光一は、モニターの異常な数値に気づくのが遅すぎた。
「エネルギー値が臨界点を超えています!」
警報が鳴り響く中、青白い光が研究室を包み込む。視界が歪み、意識が遠のいていく。そして——。
「ウッ!」
目を覚ました光一を迎えたのは、見知らぬ大地の匂いだった。タイムマシンの外に広がる風景は、教科書でしか見たことのない氷河期の世界。遠くには毛むくじゃらの巨大な影が移動しているのが見える。間違いなく、マンモスの群れだ。
「まさか、本当に過去に来てしまったのか...」
慌ててタイムマシンの計器を確認する。表示された年代に、彼は息を呑んだ。
「紀元前28,000年...だと?」
パニックになりかけた時、遠くで人の気配を感じた。木々の陰から、毛皮を纏った数人の人影が、こちらを警戒している。石器時代の人々だ。
光一は静かにポケットに手を入れ、持っていた物を確認した。折りたたみナイフ、LED懐中電灯、スマートフォン(電波は当然入らない)、そして非常用の火打石。現代文明の技術を詰め込んだこの小さな道具たちが、今や最強の武器になるかもしれない。
「私は敵ではありません」
光一はゆっくりと両手を上げ、懐中電灯を取り出した。スイッチを入れると、原始人たちは驚きの声を上げ、地面に伏せる者もいた。
しかし、一人の青年が恐る恐る近づいてきた。彼の目には純粋な好奇心が宿っている。光一は懐中電灯を彼に差し出した。
「ウォ...ウォ...」
青年は不思議そうに光を見つめ、仲間たちに何か叫んだ。すると、他の者たちも少しずつ近寄ってきた。
言葉は通じなくても、好奇心は万国共通らしい。
その日から、光一の石器時代での暮らしが始まった。村人たちは彼を「光の使者」として受け入れ、小屋の一つを提供してくれた。
最初の課題は火起こしだった。村人たちは二本の木を擦って火を起こしていたが、光一は火打石の使い方を教えた。効率的な火起こしの方法を知った村人たちは、夜の寒さに悩まされることが少なくなった。
次に、狩猟の技術を改良した。ナイフの形状を参考に、より鋭い石器の作り方を伝授。これにより、狩りの成功率は格段に上がった。
「歴史を変えすぎているかもしれない」
そんな不安が頭をよぎることもあった。しかし、目の前で飢えに苦しむ人々を見過ごすこともできない。光一は、知識を共有しながらも、あまりに現代的なものは控えめにすることにした。
転機は、マンモスの大群が村を襲った日に訪れた。
光一は村人たちと作戦を練った。ジェスチャーと簡単な絵で計画を説明し、皆で大きな罠を仕掛けた。作戦は成功。巨大なマンモスを仕留めることができた。
この狩りの成功で、光一は完全に村の一員として認められた。そして、マンモスの骨と皮を利用して、タイムマシンの修理にも着手できた。
準備が整ったある夜、光一は村人たちに別れを告げた。言葉は通じなくても、彼らの目には涙が光っていた。特に、最初に懐中電灯に興味を示した青年は、最後まで光一の手を握り続けていた。
「私のことは忘れてください。でも、私が教えたことは、きっと皆さんの役に立つはずです」
タイムマシンに乗り込み、スイッチを入れる。青い光が再び辺りを包み込んだ。
目を覚ますと、そこは現代の研究所だった。タイムマシンの警報は鳴り止み、すべてが元通りに見える。
後日、歴史書を確認した光一は、あることを発見する。紀元前28,000年頃の遺跡から、不自然なまでに精巧な石器が発掘されたという記録。そして、洞窟の壁画に描かれた「光を操る異邦人の神」の伝説。
光一は密かに微笑んだ。彼の「過ち」は、人類の進化の小さなきっかけとなったのかもしれない。
その夜、研究所の窓から見上げた満月は、石器時代で見た月と、まったく同じ光を放っていた。
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