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【勝手な創作】 君を見ている
第一章 異変
結城浩人は、またいつものように深夜の映画鑑賞に没頭していた。三年前に購入した55インチの大画面テレビから流れる映像が、6畳のワンルームを不気味な光で照らしている。休日の深夜2時。この時間が、彼にとって唯一の贅沢だった。
「森に入ってはいけない...」
画面の中で、主人公が震える声でつぶやく。ホラー映画特有の重たい空気が、部屋全体を支配していた。浩人は思わず身を乗り出す。
その瞬間だった。
突如、音声が途切れた。真っ黒な画面に、かすかなノイズが走る。
「あれ?」
リモコンに手を伸ばした瞬間、それは起きた。
「僕も見てるよ」
低く、どこか穏やかな声。しかし、その不自然さに浩人の背筋が凍る。
「な...何だ?」
「驚いた?でも、ずっと君を見てるよ」
声は間違いなくテレビから発せられていた。パニックに陥った浩人は、慌ててリモコンの電源ボタンを押す。しかし。
消えたはずの画面に、かすかに自分の姿が映っていた。そして、その映像が、確かに微笑んだ。
第二章 記憶の断片
翌朝、浩人は充血した目でパソコンに向かっていた。一睡もできなかった。
メーカーのカスタマーサポートに電話をかけるも、要領を得ない回答。ネットで検索しても、オカルト的な噂話ばかり。
「人間の強い感情が家電に宿る...か」
浩人は溜息をつきながら、三年前のことを思い出していた。
このテレビを買ったのは、美咲と同棲を始めた時だった。休日は二人で映画を観て、たまに些細なことで喧嘩して、すぐに仲直りして。そんな平凡だけど幸せな日々があった。
「なんで、あの時ああなったんだろう」
去年の冬、美咲は突然家を出て行った。理由は「私たち、上手くいかないと思う」という曖昧なものだった。その夜、浩人はテレビの前で一人、夜が明けるまで座り続けていた。
第三章 対話
その夜、浩人は意を決してテレビの前に座った。
「お前は...何なんだ?」
しばらくの沈黙。そして。
「僕は君と一緒に過ごしてきた。映画を観る君、疲れて帰ってきてぼんやり眺める君、笑う君、泣く君。ずっと見ていたんだ」
声は優しく、まるで古くからの友人のように語りかけてきた。
「君が何かを強く想えば、僕もそれに応えるんだ」
「じゃあ...あの時の俺の気持ちも?」
「ああ、全部見てたよ。君の寂しさも、悲しみも」
突然、抑えていた感情が溢れ出した。
「知ってたなら、なんで今まで黙ってた!なんで...」
涙が頬を伝う。
「君がようやく僕と話す気になったからだよ。君は自分の気持ちから逃げ続けていた」
その言葉に、浩人は息を呑んだ。
第四章 新しい朝
それから一週間、テレビは二度と話しかけてこなかった。
浩人は休日、初めて外に出かけてみた。いつもなら映画を観ていた時間に、近所の公園を歩いてみる。
桜が咲き始めていた。
「美咲...」
名前を呟いて、少し微笑む。もう胸は痛まない。
家に戻ると、テレビの画面に自分の姿が映った。今度は、本当の自分の姿だった。
「ありがとう」
浩人はそっとテレビに手を触れた。画面は暖かく、優しい。
あの声は幻だったのかもしれない。でも、確かに何かが変わった。テレビが映し出していたのは、ずっと向き合えなかった自分自身の姿だったのかもしれない。
浩人は、新しい映画を選び始めた。今夜は、ホラーじゃない作品を観ようと思う。
エピローグ
世界には、説明のつかない不思議なことがある。
テレビが本当に話しかけてきたのか、それとも全ては孤独な男の幻想だったのか。その謎は、永遠に解けないままだろう。
ただ、確かなことが一つある。
あの夜を境に、結城浩人は少しずつ、でも確実に変わっていった。映画は、今でも大好きだ。でも、それは現実逃避の手段ではなく、新しい物語との出会いになった。
そして時々、深夜に映画を観ながら、彼は思い出す。
「僕も見てるよ」
その言葉の意味を。
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