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【勝手な創作】 夕暮れの約束
オフィスの窓から見える夕日が、いつもより赤く見えた。残業続きの毎日。今日もパソコンの画面に向かい、企画書の修正を重ねている。しかし、何度直しても上司の顔色は良くない。
「君の案は面白いけど、リスクが大きすぎる。もっと無難なものにしてくれ」
そう言われて久しい。プロジェクトマネージャーとして、新規事業の立ち上げを任されたものの、私の提案は毎回否定される。安定を求める会社の方針と、挑戦したい私の思いが、すれ違い続けている。
窓の外では、高層ビルの間から夕陽が沈んでいく。まるで私の情熱まで持ち去っていくかのように。
スマートフォンが震える。母からのメッセージだった。
「お父さんの古いノートパソコンを整理していたら、面白いものが出てきたの」
添付された写真には、30年前のワープロソフトで書かれた文章が映っていた。父は小さなソフトウェア会社を経営していたが、10年前に病で他界していた。
「やりたいことをやれ。たとえ失敗しても、その経験は必ず次につながる」
父のメモには、そう書かれていた。懐かしい父の口癖だった。当時はオープンソースという概念すら一般的ではなかった時代に、父は自社のソフトウェアを無料で公開し、多くの批判を浴びた。しかし、それがコミュニティを作り、後のビジネスの基盤となった。
「世界は変わる。変化を恐れるな」
続くページには、未完成のプログラムのコードが並んでいた。コメント欄には「いつか、誰かが完成させてくれることを願って」と記されている。
私は画面に映る夕陽を見つめ直した。赤い光は、もう消えかかっていた。しかし、その光は新しい決意を照らし出していた。
翌日、私は新しい企画書を提出した。しかし今回は、会社のためではなく、自分の信じる未来のために書いた。オープンソースの考えを取り入れ、ユーザーとともに成長するプラットフォームの構想だ。
案の定、企画は却下された。しかし、私の決意は固まっていた。
「退職届を提出させていただきます」
その言葉は、思ったより簡単に口から出た。重荷が降りたような、そして新しい不安を背負ったような、複雑な感情だった。
それから半年。小さな自宅オフィスの窓から、また夕陽を眺めている。画面には、父の未完成のプログラムをベースに発展させた新しいプロジェクトのコードが表示されている。オープンソースとして公開すると、予想以上の反響があった。世界中の開発者が参加し、私一人では思いつかなかったアイデアが次々と実装されていく。
確かに収入は以前より減った。未来も不安定だ。でも、毎日がわくわくするほど充実している。先日は、学生時代に憧れていたエンジニアから連絡があり、協業の話も進んでいる。
夕暮れの空が紫色に染まっていく。かつては一日の終わりを告げる寂しい光景に感じた夕陽が、今は明日への期待を運んでくるように思える。
スマートフォンに、またメッセージが届く。今度は、プロジェクトに参加している海外の開発者からだ。「あなたの父のビジョンは、私たちの手で必ず実現します」
目頭が熱くなる。窓の外では、街灯が一斉に灯り始めた。夜が来ても、もう寂しくない。この光は、志を同じくする仲間たちと分かち合う、希望の光なのだから。
父が残してくれた言葉。夕暮れが教えてくれた決意。そして、これから出会うであろう無数の可能性。私は、自分の物語を紡ぎ始めたばかりだ。
明日はどんな発見が待っているだろう。そう考えるだけで、胸が高鳴る。
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