ソングサイクルとは?(私見)
「Gotta2」という大学時代からのミュージカル仲間を発端としつつも今となっては多くのプロの方にも関わって頂いている団体で「ソングサイクル」を企画・上演することが多いのですが、「そもそもソングサイクルって何?」と言う方も多いかと思うので、自分の中での整理も兼ねて書き連ねておこうと思います。
ソングサイクルとは?
ミュージカルにおけるソングサイクルとは、「全編を通しての一貫したストーリーを持たず、何らかの共通テーマに基づいた一曲完結の曲達でオムニバス的に構成されたレビュー形式の作品」と言うことになります。ミュージカルだけの用語ではなく、古くは19世期あたりにドイツあたりで歌曲集のことを指す言葉として使われ始めたようです。
上記の定義で言うと、実は古くからあるミュージカル作品でもソングサイクルと言えるものがいくつかあります。個人的に当てはまるように思うのは「CATS」と「Songs for a New World」です。CATSは登場人物は同じですが、各曲間の繋がりや全編を通したストーリーラインはありません。Songs for...は4人の男女が「新しい世界=人生における転機」というテーマのもと一曲ずつ完結する曲を歌い継いでいるので、まさにソングサイクルの構成です。ミュージカル界においては1990年代くらいからこういった作品が増えてきたようです。
日本におけるソングサイクル
「ソングサイクル」という言葉が国内のミュージカル界で何となく聞かれるようになってきたのはここ数年のことです。実際、僕が2012年に初めて企画した「Party Worth Crashing」(KerriganLowdermilk)の上演時には僕自身まだソングサイクルという言葉を知らず、使っておりませんでした。(厳密にいうと「Party Worth Crashing」はKerriganLowdermilkの曲を使ってコンサートをする権利なので、ソングサイクルではありませんが…)
僕がその単語を明確に認識するようになったのは、多分3作品目の「Fugitive Songs」(Miller&Tysen)を2013年に上演した時です。
ジャケットを見ていただくと、明確に「A Song Cycle」と書いてあります。
その後Gotta2は「35mm - A Musical Exhibition」「Chasing the Day」「29」などソングサイクルをひたすら上演し続ける変わった団体として活動を続けていますが、その一方でGotta2にもたくさん関わってもらっている日本オリジナルミュージカル作品クリエイターの藤倉梓さんは何と自分でソングサイクルを製作され、興行作品として世に出されています。(「サイン」「a Shape」など)
こうしてソングサイクルという言葉はなんとなくミュージカル界で認識されていき、今となっては私が全く存じ上げないクリエイターの方がオリジナルのソングサイクルを企画製作するなんて話まで耳もするようになっていき、なんだか勝手に感慨深いモノを感じています。
ソングサイクルってどうなの?
正直に申し上げますと、音楽そのものが好きな人には良いですが、いわゆる「ミュージカル」が好きな人からするとイマイチかもしれません。以下にその理由を示します。
・一貫したストーリーがないため、時間をかけて積み上げる感動やどんでん返しなどの芝居/物語的楽しみは得難い
・規模が小さくなりがち(出演者数、舞台装置、セットなど全て)で、大型ミュージカルで見られるおおがかりな演出による感動はほぼない。
・バンド編成が小規模になるため音楽ジャンルも自然と限られる傾向にあり、フルオケのような豪華な感じにはならない。ピアノ一本は当たり前、多くても4−6ピース編成が関の山。
一方で、もちろん良いところもあります。
・一曲の中にギュッと物語が凝縮されているため、パフォーマンスとしては見応えがある。(ただし、歌い手に相応の力量が求められる)
・演者一人ひとりの出番が多く、魅力を存分に楽しむことができる。
・時代設定や扱うテーマに身近なものが多く、共感しやすい。
正直本当に好みの問題なので、色んな作品の楽曲を聴いてもらえればどれかは好きになってもらえるかなぁという感じです。以下に過去Gotta2が上演したモノを中心にいくつか音源へのリンクを載せておきます。
ソングサイクルが生まれる背景
この形式の作品がそれなりに存在する理由の一つとして、恐らくですが「ミュージカル作品には含められない曲達の行き場」というのがあると思います。
先日Georgia Stittさん(Jason Robert Brownの奥さんでミュージカルクリエイター)のオンラインワークショップを聴講させて頂いたのですが、やはり一つの作品の中に入れるために作られた曲というのは都合よく他の作品に組み入れづらく、ボツになった曲は泣く泣くお蔵入りというのも珍しくない、とのこと。
一方でソングサイクルというのは共通テーマだけが縛りであり、各曲がどのようにテーマと結びつくのかという解釈にはかなり自由度が許容されます。一貫したストーリーを成り立たせなければならないという制約がない分、クリエイターに許される裁量がとても大きく、結果的に単曲のクオリティがとても高いものが多く感じます。これもまた一つの音楽的表現ということなのでしょうか。
さらにこれは超私見なので見当違いかもしれませんが、ソングサイクルはライブ形式で上演できるため、世に出しやすいというのはあるのではないかと思っています。
一つのミュージカルを作るには膨大な人やお金が必要で、かなりのおおごとです。一方でソングサイクルは、極論ピアノ1本とごく少数のシンガーで上演できてしまいます。そういったカジュアルさが、クリエイターにとってもオーディエンスにとっても受け入れやすいのかもしれません。
2008年のリーマンショック後、ブロードウェイも恐ろしい不況に陥ったため、お金のかかる大掛かりな新作はかなりの間製作されませんでした。今のコロナの状況下でもそうだと思います。そういう時、ソングサイクル形式はいくつかの曲の組み合わせでワークショップ的に上演することもできますし、その後ブラッシュアップして曲を差し替えたり構成を変えても差し支えありません。
実際、「Fugitive Songs」はサントラと上演台本で曲順が結構違いますし、「 Chasing the Day」に至ってはコンセプトアルバムが出てからソングサイクル化されたのか、テーマ曲がサントラに入ってません。笑
つらつらと書きましたが、ソングサイクルは数多あるミュージカル作品の一つの形式に過ぎません。好き嫌いもわかれるでしょうし、色んな制約もあります。一方で良い曲に恵まれており、短い時間で物語気分に浸れるのは利点だと思います。一つの作品を見るほどの時間がない時、音楽的に面白い曲を聴きたい時など、ニーズに合わせて活用してもらえるとソングサイクル好きとしても嬉しいです!
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