ミュージカル上演における著作権の扱いについて
このトピックについて僕が書くのは過去の経験上やや憚られるものがあるのですが…最近ちょっと緩くなってきているかなと感じるところがあるので、改めて書いておこうかと思いました。どのくらいの範囲に伝わるのかはわかりませんが、better than nothingということで。特に「海外作品の自主公演を打ちたいけど、著作権のことがよくわからない…」と思っている学生さんやアマチュア自主企画団体の方にとっては、多少お役に立てる内容になっているかと思います。
どんな時に著作権が発生するのか?
ミュージカル作品には著作権(ライセンス)があり、上演する場合には必ず著作管理者から書面契約で許諾を得る(≒ライセンス料金/Royaltyを支払う)必要があります。無料上演でも、です。
お金を払わなければならないのは当たり前のことなのでその理由は省略したいところですが、意外と軽んじられがちなので最後に書きます。
どうやってライセンスを取るのか?
主に二つのやり方があります。
①著作権管理団体/エージェントを通す
②作者と直接交渉
いわゆるメジャーな作品、ブロードウェイやウエストエンドで上演された作品はほぼ間違いなく①です、代表的な管理団体がいくつかあります。
Music Theater International(MTI)
Samuel French (Concord Theatrical)
Dramatists Play Service
ミュージカル、とりわけ大きな作品はさまざまな人たちが製作に関わるため権利や分配なども複雑であり、管理団体に一任しているのではないかと推察します。メジャーな作品は上演許可申請も多いでしょうから、事務手間を省く意味合いもあるかと思います。
他方、オンまで行かなかった、短期間で終わってしまったなどの作品については大きな管理団体で扱っていないこも多く、その場合は②作者との直接交渉が考えられます。クリエイター本人による発信もSNSなどの普及から一般的になっているので、たどり着くのは割と容易になっています。作者が個人的なエージェントに管理委託してる場合も多く、その場合は作者からそちらに誘導されます。
ライセンス申請時に伝えなければいけない情報は?
見積もり取得にあたっては、以下の情報を伝える必要があります。
・会場(確定していなければ仮でもOK)
・上演期間
・上演回数
・一回あたりの客席キャパ数
・チケット単価
・公演がアマチュアか商業か(≒Non-exclusiveかExclusiveか)
ライセンス料金/Royaltyは決まった計算式に基づいて機械的に算出されているようです。イメージ総売上の8〜10%、公演規模が小さい場合はミニマム400〜500ドル、というのが経験則です。観客数/回×上演回数×チケット単価で算出される総売上見込を元にRoyalty金額が決まるため、契約締結後にこれらの情報に変更が生じた場合は申告が必要です。(※これとは別に、資料一式レンタル費用として500〜600ドルかかる場合があります)
ちなみに当方は大規模/長期公演のライセンス取得経験がないので、あくまでも単発企画(客席数300くらいまで、上演期間1週間以内まで目安)の場合です。
なお、アマ/商業の判断基準は「出演者へのギャラの有無、ある場合は金額感がアメリカの俳優組合の定めるそれと同等か否か」です。Non-exclusiveと言うのは排他的でない、平たく言うとこのライセンスが許諾されても他団体が近しい場所や日程で同じ作品を上演することを妨げるものではない、ということです。Exclusive契約においてはその作品の上演権利を契約期間の間はその団体が占有することになり、他団体による上演は認められません。劇団四季が上演している海外作品の権利はおそらくこれに当たると言えるでしょう。
申請にあたり注意したほうがいい点:
・上演許可が降りない場合がある
オンで上演中、もしくは実施しようとしてる地域ですでに商業公演の交渉がプロ団体から入っている作品は管理団体からNGが出る可能性が高い、というかほぼ許可が降りません。
気持ち的には新しい作品にいち早く取り組みたいと思われるかもしれませんが、お金の話と合わせて後述します。作品の上演ステータスがどうなっているのかは必ず確認しましょう。
・ライセンス管理団体とのやりとりは英語が基本
MTIはたまたまアジア地域の担当が日本人だったりしますが、基本は英語でのやりとりとなります。ただしこちらが伝えなければいけない情報は限定的なので、最初の申請はあまりハードルが高くありません。問題は次です。
・契約(Agreement)内容の精査が結構大変
英語で契約書を締結する必要がありますが、色々こまかな縛りがあったりするので、内容確認はひと手間かかります。例えば以下のような事柄があります。
→作者クレジットの記載箇所とサイズ指定が割と厳密
→いかなる改編も(書面での許可なしには)できないことの念押しと改編の具体例(カット、役のジェンダー変更など…)
→Royalty金額と支払サイト、関連して上演予定•回数の制限
→資料の受け渡しタイミング、方法
→翻訳に関する規定
etc…
管理会社は契約雛形を持っているので、こちらは内容確認と必要に応じた交渉(支払サイトなど)のみが基本ですが、過去に一度だけクリエイターと直でやりとりをした時に「じゃあ適当に契約書作って送って〜」と言われて泣きながら作成したことがあります。嘘です、過去のものをベースにできるだけシンプルに作りました。自分で作った雛形なので、参考として公開しちゃいます。ドン!
※普通はもっと色々細かく書いてありますが、これは僕が作ったので最低限必要な事項を記載しています。実際にはもっと細かくクリエイター側からの制約を記載されていることが多く、分量も倍以上になります。
著作権を取らなくていいケースってあるの?
あります。
・「公演(≒一般公開されている)」ではなく、関係者のみに限られた空間で上演される場合(例:学校の発表会など)
→フラッときた人が指名確認・身分証明などなしで入れる環境は「公演」とみなされますし、その上演情報がネットで公開されているだけでも一般公開されているものとみなされます。
・作品として上演しない場合。具体的にはコンサート形式ということですが、もう少し細かく言うと:
→同じ作品からの曲を3曲以上扱わない。
→衣装や照明など、舞台作品であるような演出を伴わない。
というイメージです。
※ただしあくまでも「作品としての著作権」が発生しないというだけで、コンサートにおける単一楽曲の歌唱に著作権が発生しないわけではないです。※一方、曲単位の利用まで細かに管理しているクリエイター/管理団体は少なく、事実上黙認されています。若いクリエイターだとむしろ普及してもらっているという感覚なのか、SNSでリプやリツイートをしてくれる場合もあります。
なぜライセンス料を払わないといけないのか/新しい作品は上演できないのか
「これを生業としている人たちが作ったものに対して対価を支払う」と言うのが、商業としての基本だからです。シンプル。
良い例えがなかなか思いつかないのですが、例えばフランチャイズの加盟店は、その業務形態を取るために提供元にライセンス料金を払っています。売上がなかったからといって免除されるものではありません。ミュージカルにおいても同じで、誰かが作ったものを上演するのであればその作者に対価を支払う、ということになります。
上演中作品の許可が降りない理由は色々あるとは思いますが、一つ考えられることとして、オリジナルプロダクションが上演している間に他プロダクションの上演を許してしまうことによるビジネス的な機会損失が挙げられると思います。例えばニューヨークで上演中の作品をシカゴでアマチュアに上演許可してしまったら、本来ニューヨークに来て観てくれたかもしれないポテンシャル顧客を相当数失ってしまった、みたいな感じです。(これは極端な例えなので、実際にはそんなことはないと思いますが)
同じようなことで、同時期に大手の商業団体(日本だと四季、東宝、ホリプロなど)がライセンス交渉に入っている場合は当然そちらの方がビジネス的にも大きく、アマチュアにライセンスが降りる可能性は低くなります。
いずれにせよ、ポイントとなるのは「クリエイターに最大限の利益が還元されるようになるか」に尽きます。
表現芸術はどうしても経済的価値の妥当さを客観的に測ることが難しく、ともすれば対価を支払うことなく消費されてしまうものでもあります。それは消費者の立場ではある程度仕方ないところもあるのですが、厄介なのは表現者達の中ですらその原則が曖昧になってしまうことが往々にしてある、と言うことです。
個人的には、「たくさんの時間と労力とお金をかけてクリエイターたちが作りあげた作品を上演するにあたり、適切な対価を支払う」というルールを知り、守る責任が表現者側にはあると思います。例えアマチュアでも、プロの作った作品を扱うのであれば。
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