インセンティブ報酬の実務 Q&A― インセンティブ報酬の概要ー

ー 当該記事の目的 -
 有償ストックオプションを中心とした、インセンティブ報酬の概要を理解する。

インセンティブ報酬の概要

Q1:役員が受け取る報酬にはどの様なものがありますか?

ー Answer ー
役員が受け取る報酬には、一般的に下記があります。
①基本報酬:役員報酬 (毎月定額)
②短期インセンティブ報酬:業績連動報酬 (役員賞与)
③長期インセンティブ報酬:ストックオプション、リストリクテッド・ストック

■基本報酬について
 基本報酬には、毎月定額の役員報酬がある。毎月定額にする理由は、「原則として役員報酬に毎月定額を支給しないと、損金に算入できない(法人税法第34条)。」と、法人税法に規定されている事、及び役員の安定的な生活を保障し、有能な人材を集めるためである。なお、役員報酬が法人税法上の損金とならない場合でも、会計上は費用処理される。
 役員報酬は株主総会にて、役員報酬の総額が決議され、代表取締役が各役員の役員報酬を決定するのが、一般的である。但し、会社形態として、委員会設置会社を採用する場合、報酬委員会にて、役員の報酬が決定される。

■基本報酬のメリット
 役員の立場からは、会社業績の好調・不調にかかわらず、定められた報酬を受け取る事ができる。会社の立場からは、役員報酬の安定化を図る事ができる。
■基本報酬のデメリット
①会社業績が落ち込んでも、定められた報酬を得られるため、会社経営に対するモチベーションが高まらない可能性がある。
②会社経営の判断が保守的になり、成長可能性を阻害する可能性がある。

■短期インセンティブについて
 短期インセンティブには、業績連動報酬(役員賞与)がある。一般的に、業績達成条件が満たされた場合(当期の営業利益10億円達成等)に支給される。業績連動報酬を法人税法上の損金算入とするには、複数の条件を満たす必要があるため、留意が必要である(法人税法34条1項3号、法人税法施行令69条10項~12項)。なお、業績連動報酬が、法人税法上の損金に該当しない場合においても、会計上は費用処理される。

■短期インセンティブ報酬のメリット
 役員の会社経営に対するモチベーションが高まる。

■短期インセンティブ報酬のデメリット
①業績条件達成のために、リスクの高い経営判断を行う可能性がある。
②業績条件達成が目的化し、より長期の観点からの経営判断を行えない可能性がある。
③法人税法上の損金とするには、条件が多い(業績連動報酬)。

■長期インセンティブ報酬
 長期インセンティブには、ストックオプション・リストリクテッドストック等がある。詳細はQ2参照のこと。

■ 長期インセンティブのメリット
①業績条件達成のために、役員の会社経営に対するモチベーションが高まる。
②短期インセンティブよりも、業績条件の満期までの期間が長い。
よって長期的な視点から経営判断が行われる可能性がある。
③一般的に、長期インセンティブの権利行使は、在職中に制限されるため(勤務条件)、リテンション(退職抑止)効果がある。

■長期インセンティブのデメリット
①短期インセンティブよりも、業績条件の満期までの期間が長いとは言え、
業績条件の達成のため、リスクの高い経営判断が行われる可能性がある。
②業績条件は、経営者の手腕によらない要因に左右される場合がある。例えば、不景気時に、
明らかに業績条件を達成できなくなった時には、モチベーション向上に寄与しない場合がある。
*役員は、退職慰労金を受け取る場合があるが、その性質は「労働対価(基本報酬)の後払い」であるため、 インセンティブ効果は無いと解されている。

Question 1 Point
①基本報酬と短期インセンティブ報酬は、金銭で支給される。
②メリット・デメリットを勘案し、報酬ポリシー(*1)を策定する事が望ましい。
  ⇒仮に、役員が受け取る報酬がストックオプションだけであったら、
不正を働いてでも業績条件を達成しようとするかもしれない。
  ⇒仮に、役員が受け取る報酬が役員報酬(毎月定額)だけだったら、
   積極的な経営判断が行われないかもしれない。
(*1):報酬戦略(有能な人材を獲得するには…)・報酬水準・報酬ミックス等のポリシー

Q2:長期インセンティブ報酬にはどの様なものがありますか?

ー Answer ー
一般的な、長期インセンティブ報酬には、下記の様なものがあります。
その概要を下記に、記載しますが、詳細は書籍・Webで確認してください。
①ストックオプション(株式報酬型、信託型、有償、無償)
②ストック・アプリシエーション・ライト(SAR)
③リストリクテッド・ストック
④パフォーマンス・シェア
⑤ファントム・ストック

■ストックオプション
①株式報酬型:権利行使価格を1円など、極めて低い価格に設定し、権利行使することで株式自体が報酬となり、株価の上昇も更なる報酬となる。退職所得の要件を満たせば(*1)、ストックオプション保有者の税率を低く抑えられる。また、1円で株式を取得できるため、取得後に株価が下がっても、ストックオプション保有者は利益を得られる。留意点としては、株式報酬型を
公正価値評価すると、価値が高くなるため、役員の払込額が大きくなる。また、証券取引所が通常のストックオプションよりも充実した開示を求めるため、手数が係る可能性がある点である。
(*1)権利行使期間が退職から10日間に限定されている等。
 
②信託型:「信託」を組成し、有償ストックオプションを信託が引き受ける。役員・従業員には貢献度等により、ポイントを付与しておき、信託の満期時に、ポイントに基づいて、有償ストックオプションを配布する。
メリットは、ポイントを多く獲得すれば、ではより多くの有償ストックオプションを得る事ができるため、モチベーションが高まる。有償ストックオプションを付与したい人物を柔軟に変更できる。
デメリットは、社長個人が資金を信託に供出しないといけない。スキームの組成に弁護士の助言が必要。信託の管理(信託の税務申告等)に税理士の助言が必要。
 
③有償ストックオプション:『インセンティブ報酬の実務 Q&A     ― 有償ストックオプションの概要ー』ご参照

■ストック・アプリシエーション・ライト(SAR)
 一定の期間内に自社の1株当たりの市場終値が、あらかじめ設定した株価を上回った場合、その差額分を報酬として現金で受け取る仕組み。無償ストックオプションでも有償ストックオプションでもいずれかの時点で払込を行う事が必要になるが、SARの場合には、資金の払込は不要である。また、SARは株式・新株予約権を発行しないので、会社法・金商法の諸手続きは不要である。当然、希薄化も生じない。会計処理は、報酬として支払った分を費用計上すると解されている。
バリュエーションが不要であるため、専門家報酬が少なくて済む。

■リストリクテッドストック(譲渡制限付株式・RS)
 役員・従業員に対して報酬として無償(有償も可能)で株式を付与するが、一定期間その株式の譲渡が制限される。一定期間勤務した場合には、譲渡制限が解除される。会計処理の概要は、無償で付与した株式の時価を譲渡制限期間にわたり費用化する。
 欧米では一般的はものであり、海外投資家からの要請等もあり、経済産業省主導で法規制・会計・税務処理等が取りまとめられた。コーポレートガバナンスの観点からは、有償ストックオプションよりもRSが好ましいと考えられており、今後の長期的な流れとしては、RS及びパフォーマンスシェアの発行が増えていくと言われている。コーポレートガバナンスとRSの関係は別途、勉強すること。
バリュエーションが不要であるため、専門家報酬が少なくて済む。

■パフォーマンスシェア
  RSは、一定期間勤務しただけで譲渡制限が解除されてしまうため、RSに業績条件を付したものである。パフォーマンスシェアを指してRSという事もあり、その区分は曖昧となっている。
 バリュエーションが不要であるため、専門家報酬が少なくて済む。

■ファントムストック
 役員・従業員に架空の株式を付与し、一定期間経過した時点の株価との差額を報酬として現金で支払うというものである。会社法・金商法の諸手続きが不要な点は、SARと同じである。2017年度の税制改正により、金銭による株価連動報酬制度(ファントムストック)は業績連動給与の要件を満たすことで損金算入が可能になった。バリュエーションが不要であるため、専門家報酬が少なくて済む。

Question 2 Point
①インセンティブ報酬のうち、バリュエーションが必要なのは、株式報酬型・有償ストックオプション等である。
 
②コーポレートガバナンスの観点から、RS・パフォーマンスシェア等の発行が増えてきている。

Q3:色々な種類があるインセンティブ報酬から、どの様に選べば良いですか?

ー Answer ー
 
業種や欲しい人材が要求する報酬の水準、各種インセンティブ報酬のメリット・デメリットを勘案し、決定する事になります。

例:業界が安定的、現状維持が目的
 弊社は香料製造業を主な事業としている。コーヒー飲料の風味付加技術の特許を取得しており、コーヒー飲料市場の7割は弊社の技術を使用しており、業績は堅調である。
 弊社の技術は特許で守られており、主だった競合会社もないため、業績は堅調に推移する事が予想される。しかし、特許の存続期間はあと8年であるため、5年後には新たな特許を取得し新規事業を開発する計画である。従来は、役員報酬は基本報酬(現金)のみであったが、新規事業へのモチベーションを高めるため、基本報酬(現金)が75%、パフォーマンスシェアが25%とした。

例:変化の多い業界、人材の流動性が高い
 
弊社はIoT機器・ネットワークのセキュリティー商品開発を主な事業としている。IoTのセキュリティー技術は日進月歩であり、高度な知識を有する者は、転職・独立が当たり前の業界である。高度な知識を有する人材を確保するため、報酬は、基本報酬50%、リストリクテッドストック50%とした。リストリクテッドストックを組み込んだのは、一定期間の退職を防ぐためであり、パフォーマンスシェアを組み込まなかったのは、高度な技術を持つものは、過度な業績責任を負わせず、技術開発に専念して欲しかったからである。

例:業界が下降気味、役員が消極的な意思決定を行いがち
 弊社はアパレル通販サイトを創業して、20年になる。創業当初はかなり業績が良かったが、ファストファッション、大手通販サイトの台頭により、ここ10年は業績が低迷している。創業者は、創業後10年間である程度、蓄えを作っており、事業への熱意が薄れ気味である。
 従来の報酬は、基本報酬(現金)のみであったが、基本報酬を30%減額するとともに、有償ストックオプションの導入を決定した。有償ストックオプションを導入したのは、役員に有償ストックオプションを購入させることで、業績条件達成へのモチベーションを高めさせるためである。

例:公的機関の入札がある。製品開発に長期間を要する。
 弊社は、医療機器及び医薬品の製造・販売をしている。顧客には公的機関が多く、2年ごとの入札結果により、売上高の約半分が決まってしまう。また、新製品の開発・ローンチには、平均5年を要する。
 よって、報酬は、基本報酬(現金)が15%、業績連動報酬 (役員賞与)が40%、パフォーマンスシェア45%とした。業績連動報酬の割合を高めたのは、業績を大きく左右する入札へのモチベーションを高めるためであり、パフォーマンスシェアの割合を高めたのは、専門性の高い業界における、優れた人材は、高額な報酬を求めており、高額な報酬を現金で支払う事は会社の負担になるため、現金の支払いが不要なパフォーマンスシェアを採用したためである。

Question 3 Point
 
上記の通り、業種や会社の状態により、どのインセンティブ報酬を選択するかは異なる。
 なお、”Johnson & Johnson Inc.”のインセンティブ報酬は、基本報酬 7%、短期インセンティブが18%、長期インセンティブが75%と言われている。
日本の役員報酬は、基本報酬がほぼ全額であるが、インセンティブ報酬の損金算入が認められる法人税法の改正が行われたこと、海外投資家の要請、コーポレートガバナンスの観点より、大きな流れからすると、長期インセンティブの割合が増えるものと思われる。

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