インセンティブ報酬の実務 Q&A ― 有償ストックオプション④―

ー 当該記事の目的 -
 有償ストックオプションの概要を理解する。その4。

Q10:発行した有償ストックオプションの内容変更はできますか?

ーAnswerー
発行した有償ストックオプションの内容変更は可能です。
当初有償ストックオプションを発行した際の決議を取り直す事になります。

■有償ストックオプションの内容変更
 有償ストックオプションを付与した後に、その内容を変更したいという場合は、取締役会による、変更承認決議及び有償ストックオプション保有者との合意を得る必要がある。内容変更のニーズが生じる場合としては、例えば有償ストックオプション付与後に、大規模な不況が生じ、業績条件の達成が明らかに不可能となってしまった場合等である。
 有償ストックオプションの内容変更は頻繁に行われるものではないが、2013年にJSR株式会社が内容変更を行っている。
但し、有償ストックオプションの新規付与とあまり変わらない手続きが必要となるため、有償ストックオプションの内容変更は一般的でない。

■有償ストックオプションの公正価値
 有償ストックオプションの内容を変更した事に伴い、有償ストックオプションの公正価値(発行価額)が変更される場合には、役員・従業員から追加の払込・払い戻しが発生する可能性がある。この点、あまり事例が無いため、実務上の処理は明らかではない。

■会計処理の変更
 有償ストックオプションの内容変更を行う場合、上述の通り、業績条件を明らかに達成できない状況にあった事が想定される。このことは、有償ストックオプションに係る費用が、いまだ計上されていないことを意味する。なぜなら、有償ストックオプションの費用処理は業績条件の達成可能性が高まった時点で行われるためである。よって、有償ストックオプションの費用処理額の変更という論点は発生しない可能性が高い。
 有償ストックオプションの内容を変更した際に、役員・従業員から追加の払込・払い戻しが発生する場合には、新株予約権残高が増減する。

■適時開示・金商法
 有償ストックオプションの内容変更を行った場合、適時開示が必要になる事が想定される。証券取引所から、有償ストックオプションの新規発行ではなく、なぜ内容変更を行ったのか質問される事が想定される。合理的な回答ができない場合には、有償ストックオプションの新規発行を選択する事が望ましい。合理的な理由としては、従業員への追加的な金銭負担をできるだけ避けたいというものが考えられるが、事例が少ないため明らかではない。
 有償ストックオプションの内容変更を行った場合、金商法に基づき提出した報告書の訂正報告書等を提出する事が想定される。

ーPOINTー
有償ストックオプションの内容変更は制度的には可能であるが、新規に有償ストックオプションを発行するのとあまり変わらない手数が係るため、内容変更の事例はほぼない。

Q11: 有償ストックオプションを会社が買い戻す、第三者に売却及び相続する事はできますか?また、役員・従業員以外に有償ストックオプションを付与する事はできますか?

ーAnswerー
①有償ストックオプションを会社が買い戻す事は、条件は付きますが可能です。
②有償ストックオプションを保有者が第三者に売却する事は、条件付きですができます。
③有償ストックオプションは、相続する事は可能です。
④役員・従業員以外に有償ストックオプションを付与する事はできます。

■有償ストックオプションの買い戻し
 有償ストックオプションを会社が買い戻すことができるが、下記の様な条件が付くことが一般的である。なお買い戻す際は基本的には無償での買い取りですあるが、有償での買い取りも可能である。
無償買い取りが基本なのは、特に①の時に有償買い取りとすると、有償ストックオプションとした意味が薄れるからである。なお、会社が取得した有償ストックオプションは適時に償却される事になる。有償ストックオプションの償却は、取締役会決議(会社法276条)で行われる。
 
①業績条件の未達成が確定した。
②合併等の組織再編で、会社が消滅する事になった。

■有償ストックオプションの売却
 有償ストックオプションを保有している、役員・従業員が第三者に売却する事は可能であるが、売却する際には、取締役会の決議を要する等の譲渡制限が付される事が一般的である。実務上、売却される事は稀であると考えられるが、役員・従業員が退職する事になり、他の役員・従業員に売却する事を取締役会決議で許可する等の場合が考えられる。役員・従業員が会社とは無関係な第三者に売却する事は、想定されない。
 なお、有償ストックオプションを売却する際には、売却理由・売却先等の適時開示が必要になる事があるため、売却前に証券取引所へ適時開示の要否を問い合わせる事が必要である。

■有償ストックオプションの相続
 有償ストックオプションは、株式と同じく、相続の対象となります。しかし、有償ストックオプションを付与する趣旨は、役員・従業員のモチベーションアップであり、一般的に役員・従業員ではないであろう相続人に有償ストックオプションを保有され、その権利行使・株式売却により、利益を獲得されるのは、趣旨に反する。よって、実務上は、「相続人による権利行使は認めない」と規定する事が一般的である。
 相続人が保有する有償ストックオプションの処理方法については、会社ごとに決めることができるが、有償にて買い取る事が無難であろう。
相続に関しては、会社が相続にまつわるトラブルに巻き込まれる可能性があるため、「付与対象者が死亡した際には、有償(無償)にて会社が新株予約権を取得する」という取得条項を付した上で、発行する事が望ましい。

■役員・従業員以外への有償ストックオプション付与
 有償ストックオプションは、原則として役員(取締役)と従業員に付与されます。これは、有償ストックオプションを付与する事により、彼らがより高いモチベーションをもって業務を行うことで株価上昇が見込まれるためです。という事は、役員・従業員でなくても高いモチベーションをもって業務を行う事で株価上昇に寄与する可能性がある者(コンサルタント等(社外高度人材で検索)・顧問等)であれば、付与する事がある。また、一般的に、監査役が高いモチベーションをもって業務を行うことで直接的に株価が上昇することは見込まれない。よって監査役を付与対象者とする事は多くない。
しかし、実務上はコンサルタントや監査役に有償ストックオプションを付与する事は多くない。

ーPOINTー
①有償ストックオプションを会社が買い取る場合には、基本的には無償である。なぜなら、有償で買い取ると、有償ストックオプションとした意味が薄れるためである。
②有償ストックオプションが死亡し、相続が発生した場合、会社が相続トラブルに巻き込まれる可能性があるため、保有者が死去した場合には、会社が有償ストックオプションを取得すると定めておくのが良い。

Q12: 非上場会社が有償ストックオプションを発行する際、上場会社と異なる手続きはありますか?

ーAnswerー
非上場会社が有償ストックオプションを発行する際、上場会社と異なる手続きは下記の通りです。
①会社の株式価値評価(企業価値評価)が必要
②有償ストックオプションの発行決議が、取締役会決議でなく、株主総会普通決議

■株式価値評価(企業価値評価)
 有償ストックオプションの公正価値(発行価額)は、ブラックショールズモデル等により、将来の株価を予想する事により計算される。ここで、将来の株価は有償ストックオプション付与時の株価を基準に計算される。非上場会社は上場会社と違い、適時に株価を把握する事は出来ない。よって、有償ストックオプション付与時点の株式価値評価が必要となる。

■株主総会普通決議
 非上場会社は全ての株式について譲渡制限(株主総会決議が必要)が付けられている株式会社である。譲渡制限が付されている趣旨は、非上場会社は株主が役員を兼ねる小規模な場合が多く、人的な関係が重視されるため、株式譲渡により新規の人物が会社経営に参画する際に、株主総会決議でその可否を判断するためである。
 有償ストックオプションは将来株式になるものであるから、会社経営への参画可否を株主総会決議で判断するためである。

■非上場会社が有償ストックオプションを付与する理由
 非上場会社の株式を売却する事は、通常簡単ではない。上場会社の様に、売買する証券市場は無いし、いくらで売買すれば良いか分からないからである。それにも関わらず、有償ストックオプションを付与するのは、将来的に上場を目指している会社が多い。役員・従業員に有償ストックオプションを購入させることにより、上場達成へのモチベーションを高めるためである。

■金融商品取引法、証券取引所に関する手続き
後述の証券取引所に関する手続きは不要である。
後述の金融商品取引法に関する手続きの内、有価証券届出書は、上場準備中の会社でも提出する可能性がある。

■非上場会社における、有償ストックオプションの会計処理
 非上場会社においては、実務対応報告第36号の規定が適用されません。このことは、非上場会社が有償ストックオプションを発行しても費用処理は不要であることを意味します。
 しかし、先述の通り、非上場会社で有償ストックオプションを発行する会社は、上場準備段階にあるため、上場会社と同様の会計処理が求められる。よって、上場準備段階の非上場会社にあっては、監査法人と協議の上、会計処理を行う事が望ましい。

ーPOINTー
①非上場会社が有償ストックオプションを発行する場合、株主総会決議が必要になる。
②非上場会社が有償ストックオプションを発行する場合、株式価値算定も必要になる。
③非上場会社が上場準備中である場合は、上場会社と同じ会計処理となる可能性がある。


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