インセンティブ報酬の実務 Q&A ― 有償ストックオプション① ―

ー 当該記事の目的 -
 有償ストックオプションの概要を理解する。その1。

Q1:有償ストックオプションとはどの様なものですか?

ーAnswerー
 有償ストックオプションとは、ブラックショールズモデルやモンテカルロシミュレーション等のオプション評価モデルにより算出された評価額を発行価額とし、割り当てられた役員・従業員が発行価額と同額を払い込むことと引き換えに発行される新株予約権の事です。有償ストックオプションの保有者は、発行価額と別に権利行使価額を払い込む事により、株式を購入する権利を有します。
なお、権利行使は会社が定めた行使期間中のみ可能です。

有償ストックオプションの主な特徴

■有償ストックオプションの主な特徴
(1) 権利確定条件付き有償新株予約権の引受先が従業員等に限定される。
(2) 権利確定条件付き有償新株予約権には、権利確定条件として、勤務条件及び業績条件が付されているか、又は勤務条件は付されていないが業績条件は付されている。
(3) 権利確定条件付き有償新株予約権の割当てを受けた従業員等は、払込期日までに一定の額の金銭を企業に払い込む。

■有償ストックオプションの発行価額
 有償ストックオプションの発行価額は、会社の株価を基礎に、業績条件や勤務条件の達成可能性等を加味し、計算される。発行価額の事を公正価値という事もあり、弊社が「新株予約権価値算定書」で算定しているのは、この発行価額である。
 有償ストックオプションを付与された役員・従業員は、付与時に発行価額を払い込み、有償ストックオプションを取得する必要がある。
有償ストックオプションの発行価額は、株価の1~5%程度になる事が一般的である。

■有償ストックオプションの権利行使価額
 有償ストックオプション保有者は、業績条件や勤務条件を達成し、その権利行使ができる事となった日以降に、権利行使価額を払い込み、会社の株式を取得する。また、この時点で新株予約権は消滅する。
 行使価額は会社が決定する事ができるが、有償ストックオプション付与日の株価とすることが一般的である。権利行使価額は、会社で決定する事ができるため、1円とする事も可能であるが、権利行使価額を下げるほど、発行価額が上がるため、有償ストックオプション取得時の支払額が多くなってしまう。なお、行使価額を1円とする有償ストックオプションを「株式報酬型ストックオプション」と呼ぶ。

■行使期間
 行使期間は会社が決定できるが、業績条件に規定する会計期間以後の数年間~10年間とすることが一般的である。

ーPOINTー
①発行価額と権利行使価額を混同しないように注意。
②発行価額(公正価値)を算定するのが、弊社の仕事。
③権利行使価額は会社が決定する事ができる。
④有償ストックオプションの発行価額(公正価値)は、株価の1%~5%程度に算定される。

Q2:ストックオプションとは、いつ何の目的で導入されたものでしょうか?

ーAnswerー
 1950年代のアメリカで導入されました。その目的は場合により、多岐にわたりますが、下記が主な目的です。
①所有と経営の一致を進める (株主目線からの経営)
②会社の現金を出さずに、インセンティブを与えられる
③役員・従業員のモチベーションアップ

■ストックオプション制度の歴史(所有と経営の一致)
 ストックオプションは、米国にて1950年以降に普及した。その目的の1つは「所有と経営の一致」にある。所有とは会社を所有している「株主」の事で、経営とは会社を運営する「役員」の事を意味する。
なぜ、所有と経営の一致が必要かというと、例えば、所有と経営が一致していない場合で、会社が儲かっていると、役員は豪華な社用車を購入したり、交際費等の経費を無駄に使ったりするかもしれない。株主の観点からは、無駄な経費は避けて欲しいものであるが、所有と経営が一致していない場合は役員が無駄な経費を使う事がある。つまり、役員にとっては、会社の不利益と自己の不利益とは、必ずしも一致しない事がある。
 そこで、役員も株主になってもらえば、役員としての利益と株主としての利益が一致し、他の株主と同じ視点から会社を経営してくれる様になるだろうと期待されて、ストックオプションは広まっていった。米国では、1970年代には、ストックオプションは一般的なインセンティブ報酬となり、同じ頃には、リストリクテッドストックが広まったとの事である。
 日本においては、1995年に新規事業法の改正により、ストックオプション制度が創設された。その目的は、優秀な人材確保であり、この時点においては、同法の認定を受けた事業者のみが新株予約権を発行できた。なお、日本で初めてストックオプションを発行したのは、ソニーであり、新株予約権付社債を1995年に発行している。
 2001年に商法が改正され、ストックオプションを一般企業にも発行する事を認めた、また、2016年に税制等が整備され、リストリクテッドストックが導入されたことからも、ストックオプションを含む、インセンティブ報酬については、米国よりもかなり遅れている。これは、日本の会社の多くは中小企業であり、最初から所有と経営は一致していたことが要因と考えられる。それに、日本を代表する会社も創業当初は、町工場の規模であった(財閥系を除く)ことから、インセンティブ報酬というものに必要性を感じていなかったのであろう。
 なお、有償ストックオプションは、2010年にソフトバンクが発行したことをきっかけにして、広まった。

■ストックオプションの会計史
 2001年に商法が改正され、ストックオプションが発行できるようになり「企業会計基準第 8 号 ストック・オプション等に関する会計基準」(2006年12月27日 企業会計基準委員会)が公表された。その内容は当該基準を別途勉強する必要があるが、その概要はストックオプションの公正な評価額(時価)を費用計上するというものである。
 「企業会計基準第 8 号 ストック・オプション等に関する会計基準」における、ストックオプションとは、無償ストックオプションの事であり、有償ストックオプションの会計処理については、この会計基準には規定されていなかった。なぜなら、有償ストックオプションの発行は想定していなかった為である。
 この状況において、実務上は、この会計基準におけるストックオプションは無償で報酬として付与するものであり、有償ストックオプションは報酬ではなく、役員に対する投資機会の提供であるため、会計基準上のストックオプションではないと整理された(Q6参照)。
この整理に基づき、有償ストックオプションは「企業会計基準適用指針第17号 払込資本を増加させる可能性のある部分を含む複合金融商品に関する会計処理」に従い会計処理される事になった。この会計基準に従うと、有償ストックオプションは、その発行価額総額を新株予約権として計上するのみであり、費用計上は不要であった。
 ところが、2018年1月12日に、実務対応報告第36号「従業員等に対して権利確定条件付き有償新株予約権を付与する取引に関する取扱い」が公表され、有償ストックオプションも費用計上が求められることとなった。会計処理が変更になったのは、国際会計基準(IFRS)と日本の会計基準との整合性を担保するためである。

ーPOINTー
①ストックオプションの目的の一つは、所有と経営の一致(株主目線の経営)である。
②ストックオプションは2001年から本格的に導入された。
③2018年に有償ストックオプションに関する会計基準が創設され、費用化が必要になったのは、国際会計基準に日本会計基準を整合させるためである。

Q3:有償ストックオプションは役員への報酬ですか?投資機会の提供ですか?

ーAnswerー
 法務実務上、役員へ付与する有償ストックオプションは投資機会の提供と解されます。
 但し、理論的には役員に対する報酬であるという学者の見解もあります。
また、会計上、有償ストックオプションを報酬として扱う処理(費用処理)が行われます。「法務実務」と「理論・会計」でズレが生じているため、理解しづらい箇所です。

■会社法における役員報酬規制
 会社法第361条1項2号・3号に下記の役員報酬規定がある。
「報酬等のうち額が確定していないものについては、その具体的な算定方法」又は「報酬等のうち、金銭でないものは、その具体的な内容」を株主総会の普通決議によって、定めてください。 (361条抜粋、意訳)。
有償ストックオプションは、投資機会の提供でなく、報酬性を有するものであり、有償ストックオプションを保有する役員の最終的な報酬額が発行時点で確定せず、また金銭では無いため、同法361条1項2号・3号に該当するという意見もある。
 仮に有償ストックオプションが会社法第361条1項2号・3号に該当するのであれば、有償ストックオプションを発行する際には、株主総会普通決議を行う必要がある。しかし、実務上、有償ストックオプションを発行する際に、株主総会普通決議を行う会社はない。これは、法務実務上は有償ストックオプションを報酬ではないと整理しているためである。注意点は、会社法は、有償ストックオプションが報酬か否かは言及していないという点である。あくまで、法務実務においては報酬として取り扱っていませんという整理である。
 実務対応報告 第36号「従業員等に対して権利確定条件付き有償新株予約権を付与する取引に関する取扱い」のパブリックコメントにおいても、有償ストックオプションが会社法上、報酬ではない論拠が述べられている。以下に抜粋する。
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「会社法上、「報酬等」とは「報酬、賞与、その他の職務執行の対価として株式会社から受ける財産上の利益」をいうと定められています(会社法361条1項)。有償ストック・オプションは、時価をもってその払込金額とすることが想定されておりますが、その時価が正しいという前提に立つ限り、①公正な評価額の払込みを原因として付与されるものであることから、「職務執行の対価」として付与されるものではなく、また、②公正な評価額の払込みがなされていることから、付与対象者において「財産上の利益」を得るものではないので、「報酬等」には該当しないと解されるべきだと思います。有償ストップオプションが時価を実際に払い込んで発行されることと、「職務執行の対価」「報酬等」という概念は、本質的に相容れないと考えているところです。」
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■有償ストックオプションの報酬性についての理論的整理
①会計上は、有償ストックオプションを発行する事で役員が追加で提供する労働役務を費用計上する必要がある。つまり、有償ストックオプションは、役員の労働役務に対する報酬という事である。
 
②上記のパブリックコメント抜粋の意見が妥当でない。上記のパブリックコメントは、上場会社の新株を役員に時価発行する際は、費用処理されない事を前提としているが、上場会社の株式と有償ストックオプションは性質が違う。最も異なる点は、有償ストックオプションは、原則として、役員・従業員のみを対象としている点である。役員・従業員と会社との間には、雇用・委任契約関係があり、有償ストックオプションの発行をこれらの契約関係にある者に限定するという事は、これらの契約に規定される、雇用・委任内容から、より価値の高い労働役務提供を引き出そうとしていることを意味する。換言すると、有償ストックオプションは、労働役務に対する報酬という事になる。
 また、実務対応報告 第36号の14項(2)において、次の通り記載されている。「従業員等に対して権利確定条件付き有償新株予約権を付与する取引は、報酬としての性格を有していると整理し得る(14項(2)抜粋要約)。」
③素朴な疑問として、役員に株式を時価で買ってもらって、役員が一生懸命頑張って株価を上げれば、良いのでは?その方が、役員は本気になるだろう。わざわざ有償ストックオプションを発行するという事は、有償ストックオプションには、株式を時価で買う以上の価値があって、その部分(*1)はやはり報酬の性質があるのだろう。
(*1)業績条件等により、価値が抑えられている分
④会社法第361条(報酬規制)の趣旨は「役員報酬のお手盛りの防止」である。つまり取締役だけで報酬を水増ししないように、株主総会の決議を要求しているのである。上記で述べた通り、有償ストックオプションには労働役務の対価としての性質がある以上、役員報酬として規制をしないと、ガバナンスが働かない事になり、妥当でない。
 

ーPointー
有償ストックオプションは、「理論・会計」と「法務実務」でズレが生じている。
簡単に理解して頂くには、下記2点を覚えておくとよい。
・法務実務は、偉い弁護士が報酬でないと言っている(高田 剛 氏他)。
・会計処理は、IFRS(国際会計基準)と整合させる為、報酬として費用処理している。
 
報酬ポリシーに有償ストックオプションを含めてしまうと、法務実務と社内での有償ストックオプションを報酬として扱う事に不整合が生じるため、注意が必要である

Q4:業績条件、勤務条件について教えてください。

ーAnswerー
「業績条件」とは、ストック・オプションのうち、条件付きのものにおいて、一定の業績(株価を含む。)の達成又は不達成に基づく条件をいう。
 
「勤務条件」とは、ストック・オプションのうち、条件付きのものにおいて、従業員等の一定期間の勤務や業務執行に基づく条件をいう。

■株価条件の主要な種類
①ノックイン型:株価が一定水準を上回る必要があるもの。
②ノックアウト型:株価が一定の水準を下回らない必要があるもの。
 
*好景気にある局面においては、経営者の努力に関わらず、株価条件を達成する可能性もある。よって、経営者のモチベーションを保つためには、会社の株価上昇率が日経平均株価や同業他社の上昇率を上回る事を条件とする等の工夫をすることが望ましい。
 株価条件や業績条件は、各年毎に条件を付したり、特定の年度のみ条件を付ける事ができる。

■業績条件の概要
 短期の業績条件の場合は翌期の業績予想(年度の「決算短信」に記載)、中長期の業績条件の場合は、中期経営計画(中計)の利益と整合させるのが一般的である。
 株主へのアカウンタビリティーの観点からは、最終利益(当期純利益)に近い方が好ましい。但し、特別項目(特別利益・特別損失)は、一般的に経営者の責任の範囲外であるため、特別項目を含まない経常利益とする事が望ましい。また、短期的な要因により変動の大きい指標よりは、変動の小さい指標の方が望ましい。どの指標が望ましいかは、業種やそれぞれの会社によって異なる。
 キャッシュフロー(営業キャッシュフロー・EBITIDA等)を指標とするよりは、発生主義の会計数値を使った方が安定する。これは、例えば大口の仕入先への支払条件が「月末締め翌月末支払(月末が休日の場合には、翌月初)」となっている場合で、決算日が休日だと、大口の支払いが行われていないため、キャッシュフローは実態よりも良い数値になっている場合が多いためである。

■ 勤務条件
 有償ストックオプションに、勤務条件を付さなくても良いが、一般的には、有償ストックオプションの行使時点において、役員・従業員の地位であることが求められる。また、退職・退任済みの役員・従業員は行使できない事が一般的である。但し、定年退職等避けられない要因により、勤務条件を満たせない場合には、行使を認めるという実務もある。
 有償ストックオプションの付与後に、子会社等に異動となった者の行使を認める実務もある。

■強制取得条項(エニタイムコール)
 強制取得条項は、会社が必要と判断した際に、役員・従業員に付与した有償ストックオプションを、基本的には無償で買い取るという条項である。「会社が必要と判断する」という点について、具体的に規定しておく必要はない。
 有償で買い取ると、有償ストックオプションとした意味が薄れるため、基本的に無償で買い取る。

■強制行使条件
 株価が一定条件を下回ったら、権利行使を強制されるもの。
例えば、株価が10,000円以下になったら、権利行使が強制されるというものである。
 ここで、仮に、権利行使価格が20,000円、株価が10,000円の場合、有償ストックオプション保有者は、20,000円を支払って、10,000円の株式を購入し、10,000円の損をする事になる。
*強制行使条件は、行使した場合に保有者が損失負担を強制させられる可能性があるため、大幅に新株予約権の価値を減ずる。

■強制取得条項及び強制行使条件に関する会計処理
 なお、「強制取得条項」及び「強制行使条件」は、業績条件には該当しないため、有償ストックオプションの費用処理はほぼ、発生しないと解されている。費用処理額は、業績条件を加味しない公正価値(@100円)と業績条件を加味した公正価値(@4円)との差額に新株予約権数を乗じる事で算定される。
 ここで、「強制取得条項」又は「強制行使条件」を付けた有償ストックオプションの業績条件を加味しない公正価値とは「強制取得条項」又は「強制行使条件」だけを加味した公正価値(仮に@3円(実際この水準(株価の2~3%程度)となる))である。これに加え、業績条件を加味した公正価値(@1円)との差額に新株予約権を乗じることで費用処理額が算定される。
 この例の通り、「強制取得条項」又は「強制行使条件」を付すと有償ストックオプションの費用処理額が大幅に少なくなる。
 ただし、会計基準に「強制取得条項」及び「強制行使条件」の取り扱いが記載されておらず、この例の処理で必ず会計監査が通るかは、明らかではない。

ーPOINTー
①条件は、会計基準や法律の様に決められているものではない。よって、新しい条件が発生する可能性がある。ストックオプションの発行情報を確認するには「適時開示情報 – Tdnet」や「EDINET」の有価証券報告書を参照するのが良い。
 
②業績条件、勤務条件は達成可能性が低くなるほど、有償ストックオプションの評価額が低くなり、役員の払込額が少なくて済む。

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