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「○○に似てるね」はやめませんか?いい加減。
幼馴染から相談を受けた。
「芸能人とかそういうんでもない誰かに似てるって言われるのが苦手」とのことだった。どうやら、会社で入ってきた新人の雰囲気が幼馴染と似ているようで、周りから鉄板ネタのようになっているらしい。幼馴染は、それは嬉しくもないので否定したいが、本人を前にしづらいようで困っているとのことだった。
幼馴染は「河邑はそもそもオンリーワンだからそんな言われる機会もないと思うけど、どうしてる?」と訊いてきたが、そんなこともない。
私はこれまで散々誰かに似ていると言われてきた。
小学生の時は、とあるトークの上手な芸人や、コントで有名な芸人に似てるとからかわれた。
中学生の時は入学早々「うちの学校の○○に似てるね」と言われ、緊張していた私は「誰かに喩えられるの嫌だからやめて」と初対面相手に強く制してしまった。ただ、彼の言葉通り、その似ているとやらの○○とはその後親友になった。
中2あたりからは、意図せず人気俳優の苗字を私のあだ名として使われていた。似ているとはそれほど思わなかったものの、その人自体は好きな部類の俳優だったので、その名で呼ばれることを受け入れていた。おそらく当時の知り合いに会えば私はまだその名前で呼ばれるだろう。
高校ではさまざまな地区から人が集まり、入学した瞬間、何度も「地元の人に似てる人いる!」と言われ続けた。知るかよとの思いで「自分いろんなとこにいるらしいんだよ」と返答していたような気がする。気分が良いわけない。私はオンリーワンであり、誰かに似ていると言われるたび、自分は代替可能な人なのかと嫌な気分になった。私自身を見られていないとはっきり感じた。知り合いに似ているから何だというのだろうか。「はい、そうですか」以外の返答があろうか。その声掛けは伝える側の自己満足にしかならないとなぜ気がつかないのだろうか。それを伝えたことで私とその人に何のメリットも生じない。むしろ雑なカテゴライズに気分を害するしかない。
誤解されずに理解されたい、という私の根元にある衝動はここからきていると言っても過言ではないだろう。何かをカテゴライズするのは人間の性であるが、自分を誰か、あつまさえ見知らぬ一般人に喩えられるのは誰にとっても喜びの生まれない、しかも言う側に悪気のない厄介なコミュニケーションである。
最も辛かったのは大学時代である。当時人気絶好調の芸人に似ていると言われ続けた。同級生や上級生から「あれやってよ」と彼の持ちギャグを求められる散々な日々だった。
私はその芸人は別に嫌いではなかったが、私と似ているのはその背格好とやぼったい髪型だけだし、「やめてほしい」と散々言っても勉強のできない服飾大学だったので人のことを考えられる人は多くなかったように思う。
また、当時アパレルでアルバイトをしていた時も、知らない人に笑われているのに気付いたことがある。遠くから私を見た女子学生数人だった。指を指して声を上げて笑っている。おそらく大学の人たちと同様に芸人に似ていると思われたのだろう。人を見て爆笑するなんて甚だ失礼だし、私はそれがきっかけで、街行く人たちに姿を見られるのが怖くなった。笑い声を聞けば自分が笑われているような気がするし、テレビでその芸人を見るのもだんだんと嫌な気分になっていった。
当時はまだテレビの影響力がネットに負けていない頃だったので、その芸人が鎮火していくとともに私への"嫌がらせ"も減った。
それには別の要因として、私が無理やり髭を生やして髪型を変えようと試行錯誤したこともあるのかもしれない。卒業する頃まで一部の人には言われ続けたが、まあ無視できるくらいにはなった。
大学卒業以降も色々な人に似ていると言われてきた。別の全く似ていない芸人や、人気俳優など、そのどれも嬉しくなかった。いくらその人がイケメンであろうとも、それはそれで私を見ていないことになるし、私自身を見てくれと感じていた。
私は人に喩えられることの辛さがわかるから、誰かに向かって芸能人に喩えたりはしないように決めている。知り合いに似ているなんてなおさらどうでも良いから伝えない。
初対面の人に向かって「○○に似ている」と告げることは、観察力の欠如であると私は言いたい。もちろん、その人にとって明らかにロールモデルとしている人を挙げるのなら嬉しいことかもしれないが、褒める文脈であろうと本来この言葉は使わないよう意識すべきである。「○○に似ている」という言葉は、体型と同じように本人が言及しない限り口にすべきではないのではないかと私は思う。
また、芸能人に対して「〇〇に似てます!」と他の芸能人を挙げて褒めるのも、同様に愚行と云わざるを得ない。あらゆる人の美しさは当人の美しさを以て語られるべきであり、褒める文脈としてもそれを当人に伝えることは、その人の美しさを否定していることと等しいだろう。
この言説が、私以外ほとんど誰にも言われていないのが不思議で仕方ない。