ストーンズを聴こう!その13 “As Tears Go By”
僕の勝手な印象を言わせて貰えば、この曲や”Tell Me”などは、どうしてもタイガースやテンプターズといったGSのイメージが付き纏う。この曲をカバーしているのをTVで目にしたのか、あるいは当時のTVで親しんでいたGSがこの種の曲にインスパイアされた作曲家先生の曲をやっていたからなのか、記憶は定かではないが、”Satisfaction”の項でも書いたように僕にとって、ブライアン期のストーンズはそのあたりが入り口だったようだ。
しかし、本家ストーンズにとって、そんなことはどうでもよく、僕も初期の彼らを知るに従い、そう言ったイメージとは違う姿が見えて来たものだ。
もともとストーンズは、ブルーズやリズメンブルーズのカバーが専門だった、というより、むしろそういう音楽をやることが目的で集まったバンドだった。たしかブライアンの発言だったと思うが、「いい曲がたくさんあるのに自分たちでオリジナルを書く必要なんてあるのか?」という発言にそれはよく表れている。もちろん、彼の言う「いい曲」とは当然ブルーズやリズメンブルーズナンバーを指している。さらに必ずしも「いい曲=古典」というわけではない。ストーンズがカバーした曲を調べてみると古典的なブルーズやロックンロールばかりでなく案外リアルタイムでカバーしている曲も多いのがわかる。つまり気に入ったカッコイイ曲があると自分たちでも演奏してみたいという「演奏家」としての性格が強かったのだろう。
そんな彼らに対して、カバーだけでなくどんどんオリジナルでヒットを出していたのがビートルズだった。ストーンズのマネジャーになったアンドリューはビートルズの初期のスタッフで宣伝担当をしていた。彼がパブリックイメージ的にはストーンズを「悪いヤツラ」役に演出してビートルズに対抗させ、人気を稼せごうとしていたのはお馴染みのストーリーとなっている。
アンドリューとしては、オリジナルで個性を発揮していくビートルズに対して、カバーばかりを演奏するストーンズというのはイメージ的にはよかったのかもしれないが、いつまでもカバーばかりやっていてはそのままで終わってしまうという思いもあったと思う。それを加速させた出来事が、1963年9月頭の「彼氏になりたい」をビートルズからプレゼントされた一件ではないか(日付けは特定出来なかったが、ビートルズは9月11日にリンゴのヴォーカルでこの曲を録音しているのでその前であったのは確か)。しかもジョンとポールは「彼氏になりたい」を目の前で仕上げてみせたのだ。部屋に姿を消すとミドル部分を仕上げ、完成された曲を持って出てくるというまるで魔法のような経験だったはずだ。
これはすくなからず、ミックやキースにとっても「俺たちもオリジナルを書くべきだぜ」という気持ちに火をつけたと想像される。レノン=マッカートニーに対抗したジャガー=リチャードの誕生である。音楽的には演奏能力にもっとも長けていたのはブライアンだったが、彼は冒頭に引用したようにはなから自分で曲を書く気持ちなどなかったのだろう。
ジョンとポールが部屋に入ったと思ったら、曲を持って出てきた・・・この場面にアンドリューも同席してそれを目撃したとしたら、曲を書かせるには部屋に閉じ込めるのがいいという発想をしたとしても不思議ではない。
この”As Tears Go By”は、そんなジャガー=リチャードがアンドリューにキッチンに監禁されて無理やり生み出させられた、最初のオリジナル曲と言われている。調べてみると、この「キッチン」というのは、当時ミック、キースらが共同生活をしていたアパートのことらしい。ある日、文字通りふたりをそのアパートに閉じ込めてアンドリューは実家で食事を済ませ、アパートに戻ってみるとふたりが曲と格闘していたというのはほんとうのことらしい。
ミックはインタビューで”As Tears Go By”は自分が歌詞を書き、キースが曲を書いた。それは二十歳のときだった。と言っている。これが正しい記憶だとすると、キッチン監禁は、63年7月から64年6月の間の出来事となる。
この曲はまずマリアンヌ・フェイスフルが歌うという前提で書かれたといわれ、彼女のシングル発売が64年6月、仕込みは3月ころ始まっていたようだ。このとき、マリアンヌが歌う候補としてはこの曲のほかに、“Come And Dance With Me” や“No One Knows”(=Will You Be My Lover Tonightの初期タイトル)があったらしい。マリアンヌがアンドリューにパーティで出会ったのは64年初頭だと言われている。そうするとやはり仕込みを始めた64年3月頃書いたと考えるのが妥当ではないかと思う。
映画“Crossfire Hurricane”の中で、キースは”The Last Time”が出来るまで、自分たちの曲は恥ずかしくて演奏できないというようなことを言っていた。”The Last Time”の録音は65年1月だから、64年は作曲家としては、試行錯誤の時期だったのだろう。作曲のコツをつかむと、曲はどんどんできていったと想像されるが、習作と割り切って、ほかのアーティストに歌わせたりフィル・スペクター指向であったアンドリューのオーケストラにあげてしまったりしたのかも知れない。
しかし、”The Last Time”以前のオリジナルで公式に発表されたものも随分あるし、どれもが「ダサイ」曲でもない。そんななかでこの”As Tears Go By”はもともと”As Times Go By”というタイトルがついていて、「カサブランカ」の劇中歌を引き合いに出すまでもなく、ノスタルジックなじじくさい内容である。循環コードに若干変化をつけたシンプルなメロディーであり、ギターを始めた頃、この曲を弾いてみた、と言うストーンズ・ファンの諸君も、多いのではないだろうか?この曲は、シンプルで親しみ易いメロディがゆえにヒットしたし、今年の”No Filter Tour 2021”ではレパートリーに入ってはいないようだが、比較的最近も演奏されるのは、ある種「懐かしのナンバー」という感じが多分にあるのだろう。
ところで、先日、”Made in USA”と言うゴダールによるアンナ・カリーナ主演の1965年度作品を観ていたら突然、マリアンヌが出てきてこの歌を歌うシーンがあり、びっくりした。興味のある方は是非、チェックしてみて下さい。
ごとう