危機一髪シリーズ・バイト先のカメラ屋にて
大学に入った夏休み、アルバイトを始めた。埼玉県鳩ヶ谷市のイトーヨーカドー、カメラ売り場だった。
新聞の求人欄に初心者OKとあったので、電話して確認したら、カメラ触ったことなくても大丈夫ですと優しい返事。DPEコーナーだったのだ。お客様が撮影したフィルムを預かって、業者に出し、現像してプリントして、お客様に返すと言う、カメラそのものとは関係ない仕事だ。
出社してみると、その職場は元映画マンのお腹に貫禄のある店長、当時流行りのカーリーヘアでちょいと派手目の女性社員、そしてアルバイトの青年と言うトリオでやっていて、そこに僕がバイトで入ることになった。アルバイトの青年は僕より少し上、ちょいと筋肉質の人だった。
そして、初日早々に最初の事件は起きた。
昼休みになり、店長と店員の女性がランチに出かけて、僕とそのアルバイト青年が売り場に残った。来客はあまりなく、どちらかと言うと時間はたっぷりある感じだった。
突然、そのアルバイト青年が、何を思ったか「やぁ、腕相撲やろうよ」と言いながらショーウィンドウの天面にワイシャツをまくった腕の肘を据え、ぐりぐりっとやって、さぁ、スタンバイ、と言う感じで僕を見た。
もともと腕相撲など縁のない僕だったし、ぜったい勝てないと思いながら、ショーウィンドウの天面に肘をつき、彼の掌に僕のを重ね、握った。
はうっ!と言う掛け声と共に両者力を入れたその瞬間、ピキーン!と音がしてショーウィンドウに亀裂が走った。天面にヒビが入ってしまった。
あ、やっべぇ、とか言いながらアルバイト青年は即刻、腕相撲を中止し、急いで店にあったセロテープを亀裂に貼った。僕もあっと思ったが、もう遅い。誰が見ても亀裂だ。
ほどなく店長たちが昼飯から戻って来た。ショーウィンドウのセロテープを見るなり、店長は言った。「おい、どうしたんだ、それ」
アルバム青年は怯むことなく「あ、お客様が重たい荷物を乗せたので、ヒビ入っちゃったんですよ!」店長は「ほんとか?」と反応したものの、気をつけてくれよ、くらいでお咎めはなかった。ヒビで済んでよかった。ショーウィンドウの中に2人して腕を突っ込んでいたらシャレにならない。それでも、初めてのバイトの初日からとんだことをしてしまったものだと思った。
結局、天面のガラスは取り替えられることもなく、そのヒビはそのあともずっと、そこに入ったままだった。
別の日、お客様が、撮り終わったフィルムが入ったカメラを持ってやって来た。中のフィルムを取り出すと言う試練が待っていた。やり方がわからないまま、カメラをいじっていたら、パカっと軽快な音と共に、裏蓋が一瞬、開いた。お客様はすかさず、あっ!今、開いたでしょ!と叫んだ。僕はパッと蓋を閉め、大丈夫ですよ、すぐ閉めましたから、と言ったものの、大丈夫な訳ない。
また別の日。朝、業者から戻って来たプリントをカウンター下の棚に移そうとしたアルバイト青年、たまたまその下に置いてあった掃除用のバケツに袋の束ごと全部落っことしてしまった。バケツには水が入っていた。あっちゃ〜と言いながら落っこちた袋を全部拾い上げた。幸いデカいダメージはなかった。
そこは家族的な職場で、元映画マンの店長からはカメラの使い方を教わったし、みんなで家に泊まりに行ったりもした。僕はそこでそのあとも、夏休みと冬休みにバイトを続け、えらいお世話になった。ドジを踏みながらも楽しいアルバイトと言えるのはラッキーだ。
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