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Glider: Spectrumation 私的ライナーノーツ①  逃亡劇

9月16日に出たばかりの、と言っても配信オンリーでリリースされた訳だが、彼らの5枚目のアルバムの冒頭に配置されたこの曲「逃亡劇」は、アルバムに先立って7月29日に先行配信されている。ドラムの翔平と思わしき人物がギリシャ彫刻みたいな白い柱の間に挟まっていると言うへんてこりんなジャケ写のつもりの写真とともに姿を現した。前作「衛星アムートゥ」が、実に凝ったジャケットとライナーノーツ、盤面に至るまで少しの手抜きもない完璧なプレゼンテーションだっただけに、この写真の奇妙さが変に印象だった。

リリースは実際には真夜中0時に時報と共になされたらしいが、そんなことは知らなかった僕は朝になってから慌ててイヤホンをiPhoneに突っ込み、聴いてみた。正式リリースの前にティーザーが流布し、そこでは、冒頭部分が少し聴けたが、ちょうどでかい音になったところで終わっており、そこだけの印象は90年代に人気だったMOBYを思わせるものだったのだ。GLIDERにMOBY…あり得ない組み合わせではないけれど、どうなんだ?まさかロックダウンさながらの日々、エレクトロポップになってしまったのか?などと言う懸念も抱かせるサウンドだった。もしそうだったとしても受け入れる覚悟で一曲全部を聴いた。

おおらかな、大股でのし歩くようなテンポで印象的なリフレインが奏でられる。タイトルの逃亡劇から受ける印象はウィングスの”Band on the Run”。歌詞に耳をそば立てても逃亡劇を感じるアイテムと言えば「からっ風の見張塔」(さいたまのバンドだと言うことをこの「からっ風」と言う単語に感じる)「唐紙をより登り」(この部分、唐紙と聴こえるのだが、本当はどうか。歌詞も公開されているのだが、そう簡単に見るわけにはいかない。見るのはサウンドと一緒になって聴こえてくる歌詞から広がるイマジネーションを楽しんでからだ)くらいでほかはなにやら無くしたものを探している風情で捜索劇に近い。

それでもああ、逃亡しているんだな、と思わせるのが、先にも書いた4つのコードだ。最初の印象はこの4つはそれぞれ陸、陸、海、空を象徴している気がしてそこから連想したのはシュールレアリズム画家のマグリットだ。マグリットの作品に「観光案内人」と言う拡声機の頭をして火を吹いているのがあるが、それを連想させた。この時点ですでにシュールレアリズム度が相当あがる。サイケと言うよりシュールなんだ。そしてサウンドは妙に懐かしい。先ほど”Band on the Run”のことを書いたが、サー・ポール・マッカートニーのサージェント期を思い出すところが随所にある、そのせいかもしれない。それについては曲を追って書いて行くが、この曲についてはギターの逆回転も登場し、そこにもビートルズ的手法を感じるが、逆回転自体はGLIDERは比較的得意で過去にもやっているが、この曲では「俺には探してるものがない」と歌うと逆回転ギターが「えーっ!」と言ったり「おい、おい、おい!」と返したりと言う有機的な使い方がされていてその巧みさに笑ってしまう。

歌詞で言えば、この曲の真骨頂は「今さらこんな歌はまるで見当違い」の一節に尽きるだろう。しかし「だけれどそれを嘲笑うことが出来るかい?」と受けてしまうのはとても惜しい。出来ればもう一歩、見当違いを踏みこんで欲しかった。

この歌を聴いていると普通に進んで行くがコードを拾ってみると、面白いことに気がつく。Aメロを構成する例の4つのコードがそのままキーを変えて3回演奏されるのだ。だからイントロのまどろむような気分から目が覚めたごとくなんか気分が変わったように感じるのはその所為なのだ。ここでキーはEからGに変わっている。そして「からっ風の見張塔」のあと例の強烈な一行「今さらこんな歌は…」から今度はFへと変わる。そして逆回転ギターが出てくる「俺には探してるものはない」部分でまたGに戻り、大股歩きのあとアウトロからエンディングの楽器演奏部分で最初のEに帰ると言う、実に凝った構成になっているのだ。このコード展開のたくみさは彼らのデビュー曲「グライダー」を思わせる。そう、「逃亡劇」こそ「グライダー2020」なんだと思う。

そうそう、もひとつすごいのはこんな凝った構成なのに「からっ風の見張塔」がB7→Emと言うもうイヤになっちゃうほど普通の展開だと言うところだ。この凝ったコード展開もしくはコードそのものを超普通の展開で締めると言うやり方はでいとりっぱー時代からの得意技でそれゆえ、彼らの楽曲が難しいことやっているのに親しみ易いと言うマジックを生み出しているのだと思う。




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