小説「ころがる彼女」・第27話
翌日。
夕食を終えた弓子は、自室へ入ると、日課を行なうために椅子に座った。 机の上に置いたパソコンの脇には、記念日ガイドブックとノートとボールペンが重ねて置いてあり、回文ができたらすぐに、ブログにアップできるようになっている。
「叔父さん。回文エブリデイの、きょうのぶんをこれから作るから楽しみに待っててね」
そうつぶやくと、ガイドブックを開いて、弓子は作業に没頭していった。
きょう十月二十六日は「きしめんの日」です。食欲の秋の十月、それにきしめんの特徴であるつるつる感を表す「つ(二)る(六)」の語呂合わせから制定されました。「きしめん」の語源には諸説があり、雉の肉を具材に使って藩主に献上したことから、つまり「きじめん」が「きしめん」になったというのも一説とか。では回文を。
そうよ。きしめんは
雉の肉、使い、
椎を。
美味しい、かつ、国の四季。
藩、飯、起用ぞ。
[そうよ きしめんは きじのにく つかい しいを おいしい
かつ くにのしき はん めし きようぞ]
そのほかにも、紀州の人が作る「きしゅうめん」が「きしめん」になったという説もあるそうですよ。いずれにしても、四季折々の具材を入れて、美味しくいただきましょう。
完成した回文と解説を、記事にまとめ、ブログにアップすると、弓子はパソコンの電源を切った。
「叔父さん。また明日ね」
そう言い、椅子から立ち上がろうとすると、どこからともなく、声が聞こえてきた。
「モット読ミタイナ」
「え?」
最初は、空耳かと思った。だが、声は続いて聞こえてきた。
「コレダケナノ。モット読ミタイナ」
それは、父の声だった。
もう三十年以上昔に亡くなった、自分の父親からの囁きに違いなかった。
声に促され、パソコンの電源を入れ直し、ガイドブックを開いた弓子は、明日のぶんの回文創作に思考を集中していった。
きょう十月二十七日は「読書の日」です。毎年、この日から十一月九日までの二週間が「読書週間」に定められています。「灯火親しむべし」と昔から言われるように、秋の夜長をいい本といっしょに過ごしたいものですね。では回文を。
灯火親しむ。
買ってね、書を。
およし。寝てっが。
無視だし、買うと。
[とうかしたしむ かってね しょを およし ねてっが むしだし かうと]
せっかく、ご所望の本を買ってきてあげたのに、開こうともせず寝てしまうとは困りますね。「秋の読書週間」が「飽きの読書週間」になってしまったではありませんか。
出来上がった回文と解説を記事にしてアップすると、弓子はブログを閉じた。これで父も、満足してくれるだろう。二日ぶんも回文を作ってあげたのだから。
パソコンの電源を切り、椅子から立ち上がった彼女は、部屋から出て、浴室へ階段を降りていった。
すると、こんどは別の声が、後ろから追いかけてきた。
「コレダケナノ。モットモット読ミタイナ」
七年前に亡くなった、母の声だった。