小説「ノーベル賞を取りなさい」第15話
あの大隈大の留美総長が、無理難題を吹っかけた。
強い日差しがフェアウェイの芝に照りつけている。雲ひとつない晴天のもと、さいたまカントリー倶楽部・一番ホールのティーグラウンドには三人の男たちが立っていた。
「さすがは晴道学園大学の理事長、見事なまでの晴れ男ぶりを発揮なさいましたね」
くじ引きでオナーになった清井がそう言い終えてティーアップをし、いちど素振りをしたのちアドレスに入るや、カキーンとティーショットを放った。
「ナイショーッ」
「ナイショーッ」
打球はフェアウェイのほぼ中央に落ち、転がっていった。
「ぎりぎり二〇〇ヤードに届きましたかな」
打ち終えた清井がそう言って二番目の鳥飼と替わると、こんどの打球はコキーンとフェアウエイのやや右方向に飛んで、清井のボールを超えて転がっていった。
「ナイショーッ」
「ナイショーッ」
「二三〇ヤードくらいか。まずまずですね」
満足そうな笑みを浮かべた鳥飼が、三番目の石ヶ崎と交替した。身長一九〇センチ、体重一二〇キロの巨漢は、バカでかいヘッドの長尺ドライバーをものすごいスピードのスイングで振りぬき、グッシャーンと叩かれたボールはギュッギューンと飛んでいき、清井のボールの一〇〇ヤード先で落ちてランを稼いだ。
「ナイショーッ!」
「ナイショーッ!」
「三〇〇は超えたが、三五〇までは行かんかったか。わっはっは」
野太い笑い声が響いた。石ヶ崎のドライバーのヘッドの大きさとシャフトの長さがルール違反なのは鳥飼も清井も先刻承知だ。彼はこの名門ゴルフ倶楽部の正会員であり、誰も逆らうことのできない「さいたまの国王」なのだ。
ティーショットを打ち終わった三人は、カートに乗って移動を始めた。鳥飼が運転席に、清井が助手席に、巨体の石ヶ崎はゆったりと後部座席に乗って進んでいく。
「天気は良いが、ノーベル経済学賞プロジェクト横どり計画の雲行きは、どんな按配ですかな。鳥飼の話では、早くも一人殺っちまったそうですが」
石ヶ崎が言うと
「殺っちまえとご命令なさったのは、理事長ではありませんか」
と鳥飼が返した。
「あ、そうか。これまでいっぱい殺ってきたから、うっかりしとったわい。わっはっは」
石ヶ崎の話に、夏だというのに清井の背筋が寒くなった。
ハーフを回り終えた三人は、クラブハウスのレストランで昼食のテーブルに着いていた。前半九ホールのスコアは、清井が四十六、鳥飼が四十四、そして石ヶ崎が三十八。
「さすがはシングルプレーヤーの理事長。この俱楽部ではなんどもクラチャンに輝いたと鳥飼事務長から伺っておりましたが、いやはや見事な腕前です」
カレーライスを食べながら清井が言うと
「わっはっは。六十を過ぎても七十台で回れる秘訣は、よく食べ、よく飲むことですわい」
石ヶ崎が分厚いステーキを噛み砕きながら、ジョッキのビールを一気に飲みほした。
「ところで清井さん。総長秘書の後任に、若い女性が就いたとか」
鳥飼の発言に
「そうなのです。まだ、二十代。スウェーデンとの混血で、名前はオルソン亜理紗。柏田が月内に英語で論文を仕上げたら、その女がスウェーデン語に翻訳する手筈になっています。また直近の情報では、論文は日本語、英語のほかスウェーデン語でも書籍化するつもりのようです」
清井がそう答えた。
「うちとしては英語の論文だけが必要で、それを直ちに日本語訳。大隈大に先んじて大々的に出版しベストセラーにすることで、大学の偏差値を引き上げるのが目的です。柏田が英語の論文を書き終えたとき、そのオルソン亜理紗とやらにデータを渡すことでしょう。それをぜひ入手していただきたいのですが、可能ですか?」
鳥飼の問いに
「報酬としての三千万円をちらつかせても、よろしいのであれば」
と、清井。
「もちろんです。うちには潤沢な資金がありますから」
「もしも、また途中で裏切られたら、どうしましょう?」
そのとき石ヶ崎が口を挟んだ。
「殺っちまえばいいよ。若い女だから可哀相だなんて思うなよ」
そして大ジョッキ一杯に注がれた日本酒を注文し、それを一気に飲みほすと
「うんめえっ」
と満足そうな声を発した。
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