わたしの、なまえ〜The Beautiful Name
「お前、名前がアイオライトだな。」
なんて洒落の効いた殺し文句で私の心を揺すぶったのは近所の年下の幼馴染である。
こまっしゃくれた面構えが特徴のいちいちと理屈っぽいそんな奴である。
「なんじゃそら。」
と私は実に気持ちなんていっこも動いてなんかありゃしないという顔でそいつに返した。
だのに「お前の考えてることなんて百も承知だ。」なんて面構えで奴は引き出しから小さな紙の袋を取り出して見せびらかしてきた。
「俺、来週引っ越すんだよ。」
知っている。
おしゃべりな母達の連絡網については私が生きるこの田舎町での情報網として実に旨く利用させて頂いている。
だから「内緒なんだけど」とこいつの引越し(父親の栄転であるらしい)について教えてきた母を、ほんの少し憎らしくほんの少し教えてくれてありがとうという気持ちを込めてその日の皿洗いを密かに買ってでたことをなんとなく覚えている。
だから今日は私的には奴に最後の一撃を、私の事を忘れないで欲しい、なんて乙女めいた事を伝えたくて昨今本当に重要で気持ちを伝える為だけにしか使われなくなった「手紙」という方法で今日、部活が雨で休みになったことを理由にずっと渡す機会を伺っていたそれをこっそり手渡したいが為に幼馴染の名目の下奴の家にあがりこんだのである。
「なんそれ。」
ぴらっと見せびらかしてから、少しだけ「しまった」という様な顔をしてみせた奴の顔を私は見逃さなかった。
私はしたたかだから奴がそういう顔をしてみせたるのは勢いで予定と違う動きをしてしまったという時の面構えなのだということも知ってるし、それをやるのは割りかし緊張している時なのだということも知っている。
知って入るけど今この場面で、あのさっきの殺し文句で私は手紙がもしかすると必要なかったのかもしれない期待を抱いてほんの少し口角を上げてしまった。
それを目撃した奴の口角も上がったのを見て私はどうしてくれるというのだろうかという顔をしてその場を誤魔化さざるを得ない気持ちになってしまったのは、もしかすると幸福な不満なのかもしれないという気持ちを立った今の口角の吊り上がりを指摘したのだというていで「なんそれ。」と再び口にしたのだった。
「アイオライトの話。
大昔の夢追い人共が太陽の方向を求めてすみれ色の綺麗な石を水平線に向かって翳していたって話。」
海で活躍するけれど、その石は川でとれるんだって話を私は確かに奴にした。
「すみれ。」
私の名前。
「何処に行っても何処にいても、太陽みたいなお前が見つけられますように。」
紙袋から取り出してみせたそのイヤリングには灰色がかった青い、小さくスライスされた石が連なっている。
「なんそれ。」
今日の私の口癖が、したたかで強情っぱりの私の口から零れ落ちる。
「プロポーズかよ。」
「プロポーズかも。」
「かもってなんだよ。」
「ほら、未来わかんねえし。」
馬鹿なのかよ。
その辺りの言葉が滲んだ声になった辺りに私の恨めしさが滲んだのであろう、奴は赤い耳で笑って、同じく赤いであろう熱を持った私の耳に取り出したそれを付けても良いかなんて、憎たらしいほど喜ばしい声で訊ねてきた。
馬鹿野郎め、私が太陽ならこれはお前が持ってるもんじゃないか。
そう返しつつも私は伸ばした髪を耳に掛けた。
「ありがとう」だなんて言葉が返ってきた。
よくできた話だと我ながら思ったもんだった。
私の名前は、「青川すみれ」。
確かにアイオライトの名前だと自分でも考えたものだった。
そのイヤリングは今片方だけになってしまったものの、今のところそれに関して彼から怒られるという事案は起きてはいない。
〈了〉