いちばん好きなもの

僕にとってそれは旅だと思います。
もしも僕が「何にも気にせず好きな事をしていいよ」と言われたら真っ先に「旅をしたい」と言い出すと思います。
自分の人生を振り返ってみると僕はずっと旅をしていました。
今まで経験してきた旅の記憶達はいつまでも色褪せる事なく僕の中にずっと残っています。

僕が最初に本格的な旅に出たのは19歳の夏でした。
『よし、旅に出よう』と思い立ち、その3日後には準備が整いました。母さんの使っていたママチャリを改造して荷台に荷物がたくさん載せられるようにして、登山用のザックを荷台に括り付けました。そして家族に見守られながら出発の朝を迎えました。

手を振る家族に向かって「ちょっと日本一周してくるわぁー!」と僕は叫びました。

僕はママチャリで日本一周の旅に出たのです。

高校時代、長期の休みになると青春18きっぷを握りしめて鈍行列車を乗り継いで鹿児島の硫黄島を目指してみたり、ヒッチハイクで東北を巡ってみたり、色んな所に行ってみました。旅に行けば行くほど、僕の旅への情熱はどんどんと増していって高校三年生の進路を決める時には担任の先生に「僕は旅に出ます」と言いました。先生も両親も好きにしたらいいと反対はしませんでした。多分何を言っても無駄だと思ったのでしょう。とにかく当時の僕は自転車を漕いで日本を一周してみたいという事しか頭になかったのです。

そして念願の出発の朝を迎えたわけです。
僕はズシリと重いペダルを踏みしめながらわくわくする気持ちで爆発しそうでした。

『ついに!ついに!旅に出たんだ!』

あの日の興奮は今も忘れる事が出来ません。
何かとんでもない事を始めてしまったという確かな実感と、見た事のない世界に向けてついに踏み出したんだという達成感で満たされました。
それから僕は2年間ママチャリで日本を旅しました。
途中でお金がなくなり拾い食いをしながら食い繋いだり、鹿児島のオクラ農場で働いてお金を稼いだり、福知山で雪降る中凍えながら野宿をしていたら「うちに泊まりなさい」と暖かく出迎えられたり、西表島に辿り着いてイリオモテヤマネコの生態調査の仕事をする事になったり、京都で二ヶ月間大学生をやったり、ここでは書き切れないくらいのたくさんの経験をさせて貰いました。
その場所その場所で『ずっとここに留まりたい』という気持ちと『新しい場所に向かわなくては』という気持ちがぶつかり合いながらも、僕はペダルを漕ぎ続けました。

そして2年という時間があっという間に過ぎ、僕は家に帰ろうとしていました。

2年前の朝、家から出発した道の反対方向の道から僕は帰り着きました。その時「本当に日本を一周したんだな」と実感しました。家までの一番遠回りの帰り道を僕は走り切ったのです。

総走行距離2万キロを走り、ママチャリを3台乗り潰しました。

好きなものが旅なのは僕の中で揺るぎのないものだと思うし、僕の人生そのものだと思っています。
僕は旅を愛した自分の人生そのものがとても好きです。

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