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お金、モノ、鬼

同僚からチャットが入る。夕方のミーティング欠席します。二日連続で我が家のポストにお金が入っているという怪事件がおきまして、いま、警察にいます。じゃなくて?と思わず返信する。

お金にも色がある。道端の財布であれば、誰かがうっかり落としたお金だと想像できる。他人の家のポストにお金を入れる理由は想像がつかない。

想像のつかない理由で行動する人物が我が家にアクセスしたという怖さもある。時節柄、貨幣に何が付着しているか分からない怖さもあるだろう。

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中古車価格の下落の話を思い出す。

高野 ソマリランドに入ってくるのは、「日本でつくった日本車の中古」だけなんですよ。これがすごく不思議なわけですよ。価格的には海外生産された日本車の方が安いんじゃないかと思うしね。

清水 販路の問題じゃないんですか。

高野 販路だって、日本から中東に送るより、東南アジアから中東に送る方が近いですよ。

清水 ああ、そうか。

高野 そのことを中古車輸出会社の社長に聞いたんですよ。そしたら「日本以外の国では、中古車の値段はそんなに下がらないんだ」って言うんですよ。「クルマの持ち主が代わった瞬間に、価格が六割に下落するなんていう国は日本しかない」って。

高野秀行 (著), 清水克行 (著) 『世界の辺境とハードボイルド室町時代』集英社

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夕暮れの由比ヶ浜を歩く。波が荒い。こんな風の強い日は、色々なモノがよく波打ち際に漂着している。今日は長靴があった。片方だけ。沖で漁をしていた漁師の片足から脱げてきたモノだろうか。

撮影している間、気配を感じる。いつの間にか、横に初老の紳士が立っている。背筋を伸ばし、両手を後ろに組んで、海の向こうを見つめている。ライトイエローのリネンシャツをベージュのスラックスにイン。革靴のつま先が波に洗われて染みを作っている。

何を見つめていると思う?紳士が喋った。私に話しかけている?聞こえなかったふりをしていると、紳士は海を見つめたままもう一度喋った。私は今、何を見つめていると思う?

彼の耳元を見た。イヤホンはない。通話中ではない。周りに人はいない。私に話しかけている。「さあ分かりませんね。何を見てるんですか?」と応えてみる。彼は黙って海の向こうを見つめたまま。どういうこと?

火が欲しい。彼はスラックスのポケットからくしゃくしゃ音をたててタバコの箱を取る。火が欲しい。君は吸うかね?今度は私の方を向いて喋る。「あいにく、煙草は吸わないんです」と応えるとそうか、と言う。

しばらく二人とも海風に吹かれるままとなった。紳士が踵を返す。背後からすぐピーヒョロロという甲高い声がしたので振り向くと、彼がトンビの鳴き真似を口にしながら歩き去っているところだった。

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チェンソーマン8巻をKindleで買った。何回か読み返して、この巻は電子書籍ではなく紙の本で買えば良かったと思う。ページをめくったときに目に飛び込んでくる次のコマの絵の衝撃は、紙の本の方がまだ強い。

この漫画は演出が素晴らしい。この一コマの絵を魅せるために読者を殺しに来ているな、と感じる場面がある。

特に図書館の場面。森羅万象の全てを記録する図書館。そこにある全ての書物の内容が登場人物の脳内に流れ込んでくる場面。その一コマの決定力の高さ。膨大な書物の海。スケール感にぞっとするし、うっとりする。

藤本タツキ(著)『チェンソーマン8』集英社より

無数のドアの扉で埋め尽くされた天井、宇宙飛行士たちの半身が作る花道など、”地獄”の描写も奇想に満ちていて素晴らしい。ヒエロニムス・ボスの絵のよう。一体、何をインプットすればこんな絵が書けるようになるのか知りたい。

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東京都写真美術館で〈あしたのひかり日本の新進作家 vol.17〉という展示を見る。岩根愛の「あたらしい川」という作品群がとても良くて、同展示に合わせて発刊された写真集『A NEW RIVER』もギフトショップで購入した。

東北五箇所(三春、北上、遠野、一関、八戸)で撮影した今年の夜桜。夜桜とともに各地の伝統芸能の舞の姿が映り込む写真もある。コロナ影響か、花見客の姿は皆無。

どの写真もぞくぞくする怖さがある。夜の桜なんてありふれた題材のようだが、ありふれたモノを見ている気がしない。この世のものではないような雰囲気がある。あの世との境界が偶然写り込んでしまったような緊張感。帰宅後に妻に写真集を見せたら、心霊写真と勘違いして大変なビビリようだった。

展示にキャプションとして紹介されていた写真家の文章が写真集にも挿入されている。素晴らしいので一部引用したい。

灯りが消されても淡く白い花の下を歩きながら、
故郷を表したかれの言葉を思いだす。
「誰もいなくなった桜の森に、四つん這いの鬼が徘徊する」
予期せぬ出来事で生まれた境界の向こうへ、
かれは帰ることができないままだ。

新たな境界に閉ざされたこの春、
発病するかのように狂い咲く桜の森を
奪還した獣たちが一斉に集い、歓喜の呻きをあげていた

読み返した今、気付いたことがある。”予期せぬ出来事で生まれた境界”、”新たな境界”、”発病”…。内蔵を締めつけるような文章である。

そして、”鬼”とは何なのか。前述のリンク記事にある、福島の鼓奏者、横山久勝氏の言葉を読んではっとする。「鬼とは放射能である」。

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