見出し画像

紙婚式、藁婚式

同僚と韓国料理屋で石焼ビビンバを食べる。猫舌の私には料理が熱すぎて、箸が進まない。冷めるまでしばらく待つことにする。石焼の黒鍋を無言で眺めていると、同僚が相談があると言う。結婚記念日に奥様にプレゼントをしたいのだが、何が良いか悩んでいるらしい。次は「藁婚式」なので、何か藁(わら)にちなんだ品を考えているとのこと。

藁婚式?その意味を尋ねると、どうやら結婚2年目の記念日を「藁婚式」というらしい。結婚25年目の「銀婚式」、50年目の「金婚式」は有名だが、それ以外にも結婚記念日はたくさんあるとのこと。調べてみると、確かにたくさんある。

結婚記念日発祥の地であるイギリスでは、15年目までは1年単位、それ以降は5年単位で祝う風習があり、それぞれに呼び名が付いています。なお、結婚記念日には記念日に贈るものの名前が付けられています。

【1年目】紙婚式
【2年目】藁婚式(綿婚式)
【3年目】革婚式
【4年目】花婚式
【5年目】木婚式
【6年目】鉄婚式
【7年目】銅婚式
【8年目】ゴム婚式
【9年目】陶器婚式
【10年目】錫婚式(アルミ婚式)
【11年目】鋼鉄婚式
【12年目】絹婚式
【13年目】レース婚式
【14年目】象牙婚式
【15年目】水晶婚式
【20年目】磁器婚式(陶器婚式)
【25年目】銀婚式
【30年目】真珠婚式
【35年目】珊瑚婚式
【40年目】ルビー婚式
【45年目】サファイア婚式
【50年目】金婚式
【55年目】エメラルド婚
【60年目】ダイヤモンド婚

日比谷花壇HP「金婚式・銀婚式は何年目?結婚記念日の数え方と結婚記念日一覧」より引用

同僚は、今年の11月22日で結婚2年目を迎える。従って、今度の結婚記念日は「藁(わら)婚式」である。去年の記念日には、結婚1年目の「紙婚式」のお祝いもしたらしい。

「紙婚式」には何を奥様にプレゼントしたんですか?「紙」にちなんで、パズルにしました。ん、パズル?ええ、パズルです、紙のパズル。ああ、なるほど……。結婚式のときの写真をA4サイズに引き伸ばして、パズルにしました。オリジナルパズルを作ってくれる業者があるんです。なるほど……!

でも、結婚式の写真のパズルだなんて、素敵じゃないですか。そうですか、ありがとうございます。パズルなら、奥様と一緒に解いて楽しめますもんね。ちなみに何ピースのパズルですか?えーっと、たしか32ピースでしたね。え、たった32ピースですか。はい。ずいぶん簡単そうなパズルですね……まあ、パズルの難易度はこの際、脇に置きますか。夫婦で協力しながらパズルを解くプロセス自体がきっと、価値があるんでしょうね。一緒にパズルしながら、結婚式のウェディングケーキ入刀のことを思い出しちゃったりなんかして。初めての共同作業の思い出を。パズルという新たな共同作業によってね。なるほどなあ。洒落が利いてて、なかなか素敵な記念品じゃないですか。いえ、あの、ワタシ一人で解きました。え、何をですか?いや、だからパズルを。え、記念品のパズル、奥様と一緒に解かれたんじゃないんですか?はい、ワタシ一人で解きました。それじゃ、パズルが夫婦の共同作業うんぬんということではなく……?はい、ワタシ一人でパズル解きましたよ。

藁婚式の記念品には、そうですね、水戸納豆とかどうですか?ほら、納豆が藁に包んであるじゃないですか。「藁」にちなんだ品物といったら、あとは麦藁帽子くらいしか思いつきませんね、私には。

石焼ビビンバは熱々のままで、冷める気配がない。猫舌は、石焼料理などを注文すべきではなかった。仕方がない。料理を冷ます努力をするしかない。そこでビビンバにフーフー息を吹きかけながら、はっとした。11月22日って、「良い夫婦の日」ですよね?

***

帰宅して、4,5年前に読了したブッデンブローク家の人々の文庫本を本棚から取り出す。何となしにパラパラ頁をめくると、次の文章に線が引かれていた。当時の私は、なぜこの文章に線を引いたのか。憶えてない。過去の自分なんて他人みたいなもの。

食卓の談話がとぎれ、三十秒間ほど沈黙がつづいた。みんなは、皿の上に目を落とし、家を建て、ここに住み、貧しくなり、零落し、どこかへ去ってしまったかつて羽振りのよかった家族のことを考えた。

「さよう、人ごととは思えん、どういう無茶が、あの落ち目を招いたかを考えますとな……。」と仲買人のグレーチャンスが言った。

トーマス・マン(著)、望月 市恵(訳)『ブッデンブローク家の人びと〈上〉 』岩波文庫,P.30

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?