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まだ僕は生きてる

あなたは絶対ならないよと言われるような人間だった

入社して1年くらいからか、なんだかよく眠れないなと思っていた。

まあでも特に気にするほどでもなく、晩御飯よろしく近所のファミレスで安いワインを煽って帰るのが日課になっていた。

片鱗は少しずつ感じていた。

ある時は夜中11時過ぎに最寄り駅に着いて、瞬間に足から力が抜けてしまい15分もあれば充分な道程を1時間半かけて帰った。

またある時は吐き気が治らずに便器を抱えたまま眠りについて、翌朝遅刻ギリギリに出社した。

その当時は一人暮らしだったし恥ずかしくて誰にも言ってないけど、1度だけ寝小便をしてしまったこともある。(これはめちゃくちゃショックだった)

入社から3年目くらいからか客先の社員さんから「最近なんだか痩せた?」と言われることが増えてきて、久しぶりに年末に顔を出した実家で、険しい表情の両親に「実家に戻ってきたら」と提案された。

実家から通勤するようになって何週間か経ったある朝、目覚めると身体が鉛のように重くなっていて。

自力では身体を起こすこともできず、寝坊するよと様子を見に来た母に手伝ってもらいながらようやっと、ベッドから滑り落ちるようにして降りた。

それからすぐのことだ。

土曜出勤を終えて無理くり連れて行かれた病院で「鬱です」と告げられた。

なんとなく予想はしていた。

でも本当に自分がなるとは思ってもみなかった。

医者が言うには、どうやら自律神経をやられてしまったらしいことが分かった。

その時にはすでに眠れない日が何日も続いていて、ごはんもまともに食べられなくなっていたから。

このまま体重が0になったら消えてなくなっちゃうなぁ、なんて。アホみたいなことを考えていた。

それから数日後だと思う。

だれもいない深夜のリビングで、ふだん陽気な母が小さく涙を拭うのを目撃した。

なんで泣いているのとは、聞けなかった。

何もしていないと不安ばかりが募るから

休職初日、とりあえずわたしは美容院に行った。

小学生の頃から担当してくれている美容師さんに「会社辞めるので」とオーダーした3時間後には、キラキラの金髪に仕上がっていた。

大変、満足。

6コ年上の兄からは「お前って極端だよな」という評価をもらった。

それも満足。

休職中はバイトもしてはいけないらしく、他にこれといってやりたいこともなかったので、暇を持て余したわたしは静岡に住む古い友人を訪ねることにした。

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ひとりは関西弁を喋る、クラスでも一際人気者になるようなそんなタイプの人。

名前はモモカ。高校のときの同級生だ。

もうひとりは、その時たまたま近くで働いていた、これも高校の同級生である超マイペース人間のスイカちゃん。

二人とも忙しい人なので、浜名湖の湖畔に佇むホテルでその日一晩女三人でワイキャイして、次の日の朝にはバイバイした。

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まあわたしは暇人なので、そのまま静岡観光をすることにしたんだけど。

それを言ったらスイカちゃんがおすすめの場所を教えてくれた。

スイカちゃんからの贈り物

残暑厳しい凸凹道を汗をダラダラ流しながら進む。

足は重いけど、一時よりはだいぶ軽くなった。

がんがん照りの日差しの中、そしてわたしは辿り着いた。

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一面を覆い尽くす黄色。

その名も『前向花畑』。

遅咲きの向日葵なんだそうだ。

体力の落ちた身体にはかなり堪えるものがあったけど、花たちは皆一様にしてお日様を見上げていた。

ああ、これは確かに。

「前向き」だ。

名前が直球ドストレートすぎて少し面白い。だれが考えたんだろう。

無造作に設置された顔ハメには中々心惹かれるものがあったけど、平日の真昼間に人影はなく。

太陽に向かって一心に顔を上げる健気な花たちを数枚写真におさめて、わたしはその場を後にした。

モモカからの贈り物

ひまわり畑からの帰り道。

昨日三人で撮った写真とともに、モモカからとある曲が送られてきた。

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一緒にLIVEに行ったこともある、わたしも大好きなアーティスト。

二人に会いに行く2ヶ月ほど前にリリースされたばかりの新曲だ。

静岡を名残惜しむように泊まった熱海の素泊宿の一室で、わたしは静かに再生ボタンを押した。

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ごろん
息を吸って、吐きます。