都心の一等地(港区等)に住むことは幸せに直結しますか?ステータスによる優越感のみがそれをもたらしますか?
曾祖父、曾祖母がいた明治時代からずっと港区でしたが(現在は違います)、多くの方は、青山や麻布、白金台、芝浦などの表通りの煌びやかな部分、もしくは一部の高台の高級住宅街・高級マンションの(港区の一部分を切り取って)イメージを膨らませすぎており、港区自体を誤解していると思います。港区女子、港区おじさんなどはその典型です。
下記の写真は私の港区です。1枚目から4枚目は、各国の大使館がちらばっている港区元麻布。表の通りや高級と言われている区画を歩くと欧米系の外国人が多く闊歩しています。この写真は、元日産のゴーンさんが住んでいたあのキノコ型マンションからたった5分ぐらい歩いて行ったところです。また5枚目と6枚目は、遠方から多くの方が高級車を運転してやってくるあの麻布十番から、たった数分歩いたところです。風呂なし木賃アパートも多いですよ。井戸のある家もあります。住所は港区でも、家賃は激安です。おそらく外から遊びに来た人は、絶対に足を踏み入れることがないもう一つの港区だと思います。(その麻布十番近くのエリアは、昨今街ごと取り壊されて再開発の高級マンション街が誕生する予定です。)
高輪や白金台も、六本木や赤坂も、少し前までこのような場所は数多くありました。こういった場所に、親戚も集まってワイワイ暮らしていました。ステイタスや優越感は一切ありませんが、皆、朝からラジオ体操をしたり、ご飯のおかずをたくさん作って近所に配ったり、平凡だけど地に足のついた暮らしをして、それはそれで幸せだったと思います。
土地そのものが寺の土地だったり(旧借地)昔からの地主だったり、江戸時代からの狭小地だったりと、色々な事情からこのようなエリアは港区内にまだまだ多く残っています。が、そうでないところはどんどん再開発されて、高級タワーマンションが建っています。そう言ったところでは、ステータスを求める人や富裕層たちが物件を購入し、優越感に浸っているかもしれませんし、その優越感が幸せにリンクしている人もいるかもしれません。
先程の写真のようなエリアに暮らしていて、そのエリアの再開発が行われた場合、土地を売却することで跡地に建った高級マンションに地権者として住む権利が与えられることがあります。ただその高級感に慣れることなく、やっぱり住み慣れた下町のような雰囲気がいいと、別の街に引っ越してしまった人も知っています。
メディアが作った港区のイメージも、港区女子も港区おじさんも否定はしません。でも、港区といっても本当に人それぞれです。
答えは、「それぞれ幸せの形はあるが、ステータスによる優越感のみが幸せに直結することはない」だと思います。
<このコンテンツは、世界最大級の知識共有プラットフォーム「Quora(クォーラ)で2022年に発表したものです。好評でしたのでこちらにも掲載しました。>