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今日の三題噺:第二十三夜「マフラー」「置き手紙」「美術館」
1️⃣
寒い。とにかく寒い。
ここは大きな氷河の近く。太陽は昇っても暖かくならず、吹き付ける風は皮膚を裂くように冷たい。
「ウホォォ……寒いぃぃ……」
部族のリーダー、グォルはガタガタ震えながら、自分の首に巻かれた毛皮の紐をぎゅっと握りしめた。
これは、恋人のメラが編んでくれたものだ。狩りに出かけるグォルのために、獣の毛を何本もねじり、首に巻けるようにした。
「これ、なんかいいな……」
グォルはふと気づく。**首に巻くと暖かい。**しかも、ほどよく湿っているため、風が吹いても乾燥しない。
仲間たちがその様子を見て、ざわざわと騒ぎ始めた。
「オオッ!?なんだその首のモフモフは!」
「なぜお前だけ暖かそうなんだ!」
「ずるいぞグォル!俺たちにも作れ!」
グォルはニヤリと笑った。
「ウホ。これを『マフルル』と呼ぶことにする。マフルルは、強い者にしか巻けぬ!」
部族は大いに盛り上がった。翌日から、獣の毛をねじって「マフルル」を作る者が続出し、やがてこれが「リーダーの証」となるのだった。
そして、この「マフルル」という言葉が、のちの時代に「マフラー」と呼ばれるようになるとは、このとき誰も知る由もなかった……。
2️⃣
時が流れ、マフルルを持つ者=強い者というルールが完全に定着した。
そんなある日、グォルが狩りから戻ると、メラがいなくなっていた。
「ウホ!?メラどこ!?」
探し回るが、彼女の姿はない。代わりに、地面に奇妙な石が並べられていた。
「なんだこれ……」
石は、獣の骨を使って削られており、何かの模様のように並べられている。
仲間たちが集まり、ざわざわと話し始めた。
「ウホ……これはメラが残した……置き石……?」
「何かを伝えようとしてるのか?」
「ウホォ……もしかして、これはメラの言葉?」
誰かが、骨で地面に同じ模様を描きはじめた。
「ウホ……すごいぞこれ!」
こうして、**初めての「置き手紙」**が生まれた。
3️⃣
「ウホオオオ!!!メラがいたぞ!!!」
数日後、メラは氷の洞窟で発見された。
「オマエ、何してたウホ!?」
グォルが問い詰めると、メラはドヤ顔でこう言った。
「新しい遊びを考えてた。」
彼女の後ろには、**壁一面に描かれた「置き石のマーク」**が並んでいた。
「ウホ!?これは何だ!?」
「見てわかるだろ?これまでの狩りのこと、食べたもの、ウホ族がどれだけ強いか……」
仲間たちはざわついた。
「ウホ!すげえぞ!!!」
「これ、見てるだけで楽しい!」
「狩りに出る前に、ここを見れば強くなれそう!」
その日から、部族は毎晩ここに集まるようになった。
誰かがこう言った。
「ウホ……これはまるで……強い者の証が見られる場所……」
そして別の者がつぶやいた。
「ウホ……強い者を見る場所……『ウツシガミ』……」
「ウホ、それっぽい!」
こうして「美術館」ならぬ「ウツシガミ」(映し神)が誕生したのだった。
4️⃣
「ウツシガミ」は、やがて狩りの成功を祈る儀式の場として定着した。
「ウホ!今日はマンモスを狩る!ウツシガミに力を!」
「ウホ!俺の獲物の絵を描いてくれ!」
人々は、壁に記録を残し始めた。最初は獲物の絵だったが、やがて傷ついた者の数、持っていた武器の数……どんどん細かくなっていった。
そんなある日、メラがぼそりと言った。
「ウホ……でも、いちいち石を削るの、めんどくさいな……」
グォルが言う。
「ウホ……もっと楽に伝えられる方法、ねえかな?」
仲間たちは考え込んだ。
そして、骨を砕いて炭を作り、壁に直接模様を描いてみた。
「ウホ……これ、いいぞ!!!」
こうして、人類初の「文字」が誕生した。
グォルは満足げに頷いた。
「ウホ。これで、わざわざ置き石を並べなくてもいいウホ!」
メラはにやりと笑って言った。
「ウホ……でも、文字ができる前に、まずお前の頭に文字(モジ)っとした跡が残りそうだけどね!」
グォルの頭には、置き石のひとつが落ちていた。
—おしまい。—
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