【小説】お正月バニバニ大作戦!!
🐇初めに🐇
今回の文は、
↑こちらのお竹さん(@taketi)の描かれたバニーガール魔装のシトラスから着想を得て書いたSSになります!
正月にいつも通り変身したら何故か魔装がバニーガールになってしまった……!?という年齢制限無しのドタバタ文です。ピンチもいつもより軽めで、全体的にギャグタッチなので、軽ーい気持ちで読んでいただけたら幸いです。
お竹さん、素晴らしいバニーシトラスをありがとうございました。おかげさまで一本お話が出来ましたバニ(語尾)
それでは、こちらからどうぞ!
↓↓
新年を祝う文化は、世界のどこにでもあるものだ。
それは様々な文化が共存しているこのラコルトの街も例外ではなく、東洋の国の文化からヒントを得た「初詣」という行事がある。神を祀る神社へ赴き、一年間の健康や幸運を祈願するというその儀式は、街のいたるところにある神社で行われていた。
しかしそんな年の初めを祝う喜ばしい行事の裏側で、悪しき存在が暗躍していた――。
黒き明日(ディマイン・ノワール)、謁見の間─
『全く、呑気なものだな人間界は……たかだか一年の始まりがそんなに嬉しいか』
大きな玉座の上に鎮座し気怠げにそう言ったのは、この組織のボスであり、魔界全体を支配する邪神だ。そんな彼の前に跪いているのは幹部のひとりであるインヴァス。立て続けに幹部クラスの魔族が脱退して人間界へと亡命した中、彼女だけは離反せずに今日まで邪神に従っている。
「人間界では古くからある風習のようです。新たな一年が良いものになるよう願掛けをしているようですね」
『ふん……くだらんな』
インヴァスの言葉に鼻を鳴らした邪神だったが、次の瞬間にはニヤリと口角を上げる。どうやら何か思いついたらしい彼に、インヴァスもまた小さく笑みを浮かべた。
『多くの人間どもが喜びに満ち溢れ、同時に心が無防備になっている新年のこの時にこそ、我らが動く時ではないか?』
「……なるほど。確かに一理ありますね」
『すぐに魔獣の手配をしろ。場所はラコルト市内の祭祀施設……そうだな、人がより多く集まっている場所に仕掛けろ』
「御意」
『ククッ……さあ人間共よ、存分に恐怖するがいい!』
かくして、黒き明日(ディマイン・ノワール)による初詣襲撃作戦は開始された──……
***
「も〜!!新年早々街を襲うなんて……黒き明日(ディマイン・ノワール)に正月休みはないのかな?!」
「魔界に新年を祝う風習はないってトルバランが言ってたから、多分平日なんじゃないかな……?」
「こんのブラック組織めぇえ〜〜〜!せっかくみんなで初詣してたのにぃ!!」
ぷりぷりと怒るキルシェと、そんなキルシェを見て苦笑するシトラスは、慌ただしく神社内を駆けていた。
偶然この神社にトルバランとシュバルツェと四人で初詣に訪れていた彼女たちは、これまた偶然か必然か黒き明日(ディマイン・ノワール)が仕向けた魔獣に遭遇してしまい、新年早々魔法少女として戦う羽目になったのである。
「ここまで来れば大丈夫だよね?境内にいた人たちは今、トルバラン達が避難させてくれてるし……」
シトラスは言いながら辺りをきょろきょろと見渡す。
魔獣が─厳密には、魔獣に変貌させられた御神木が─神社内で暴れ始めたのは今からおよそ5分前のこと。
突然現れた巨大な魔獣に参拝客たちは悲鳴を上げ逃げ惑い、一瞬にして新年を祝うムードに包まれていた神社内はパニック状態になってしまった。
シトラスとキルシェは足を止めて、魔獣に向き直る。
一般客が多く集まっていた箇所を離れ、なるべく拝殿等の建物を傷付けない場所まで魔獣を誘導することが出来た。ここなら多少派手に戦っても問題はないだろう。
「シトラス、キルシェさん!」
「二人とも無事だったか」
一般客を安全な場所へと誘導し終えたらしいトルバランとシュバルツェがこちらに駆けて来るのが見えた。二人はそのまま魔具を構えつつ、彼女達の隣に立つ。
「大丈夫だよ!そっちは?」
「参列者達は退避済みだ。認識阻害の術もかけておいたから戦闘を見られる心配もない」
「二人とも、今のうちに変身を」
トルバランの言葉にシトラスとキルシェは頷き、それぞれブローチを手に持って天高く掲げる。
「よーし!さっさと倒して楽しいお正月の続きだー!!」
「うん!これ以上みんなの楽しい時間を壊させるわけにはいかないもんね!」
それまでただの装飾品であった二人の手の中のブローチが、二人の意志に呼応するように光を宿す。それが、変身魔法の発動が可能になった合図だ。
「行くよ、キルシェ!」
「おっけー!せーのっ」
二人が声を揃えた直後、ブローチが強く輝きだす。
「「変身(コンベルシオン)!!!」」
二人の叫び声と共にブローチから眩い光が放たれ、その身体を包み込む。
普通の人間からは見えないその光の中で、二人の纏っていたコートや防寒具、その中に着ていた私服や下着まで、身に纏っていたものが全て光の粒子となって消えていく。
そしてその代わりに、それぞれの魔力光の色に染まったリボンがブローチから出現し、彼女の身体全体を包み込んだ。このリボンが二人が魔法少女として戦う際に身に纏う魔装ドレスを形作っているもので、巻き付いたリボンがドレスに変化すれば変身は完了だ。
シトラスとキルシェはこの時、自分たちの変身はいつも通りに終わるものだと信じていた。
が、
(……あれ?なんかいつもと違う?)
(……頭にこんな飾りあったっけ?)
二人の戸惑いをよそに変身はどんどん進み、全身に巻き付いていたリボンは全て衣服や靴、装飾品の形に変化していく。
だけど何故か、いつもの魔装ではない何かがそこに加わっているような気がした。
そうこうしているうちに、二人の少女を包んでいた光の空間は弾け、辺りの景色が神社の敷地内に戻る。変身に必要なシークエンスが全て終了したようだ。
「……ねぇシトラス、なんか今日の変身ちょっとヘンじゃなかった?」
「う、うん……私もそう思う……ってキルシェ!?どうしたのその格好!?」
「へ?」
シトラスの驚いた声につられてそちらを向いたキルシェもまた、同じように驚きの声を上げる。
「それを言うならシトラスだって!何それすっごい可愛いんだけど!!」
「え……?」
お互いに相手の姿を見て驚愕した二人であったが、ここでようやく違和感の正体に気付いた。
シトラスとキルシェはいつもの魔装と同じカラーとスカートを纏っているが、それ以外の部分がいつもの魔装と決定的に違っていた。
うさぎの耳を模した頭飾りに、魔装のインナーによく似た真っ白なレオタード。
そして、そのレオタードと対になっているような黒い編タイツ。
スカートもよく見れば、後ろから腰の前辺りまでは布地があるが正面は開いた作りになっていて、レオタードを履いた脚の付け根が思い切り見える仕様になっている。
その姿はまるで……いや、どこからどう見ても『バニーガール』そのものだった。
「な、なにこれぇえええええええええ!!!!!」
神社内にシトラスの悲鳴じみた絶叫が響き渡った。
***
「ど、どうして!?いつも通り変身したはずなのに!こんなの恥ずかしすぎるよぉ……!!」
自分の出で立ちを改めて確認したシトラスの顔はみるみるうちに真っ赤に染まり、目には涙が溜まっていく。
「先生、これってあの魔獣の仕業かな?」
キルシェの問いに、トルバランは首を横に振った。
「いえ……その可能性は低いかと。もしこの辺りに浮游している魔力に干渉したのだとしたら、私やシュバルツェにも何かしら異常が発生しているはずですから」
見れば、魔族の装束に身を包んでいるトルバランとシュバルツェは全くいつも通りの姿だ。恐らく二人にはこの衣装の変化は起こっていないのだろう。
「じゃあどうして私たちだけこんな事に……っ!!そうだ、私たちこの格好でもちゃんと魔法使えるのかな!?」
「そうだった!!とりあえず魔具を呼び出してみよ!」
シトラスとキルシェは、それぞれ自分の魔具を心に思い浮かべて強く念じた。すると次の瞬間、シトラスの手にはハンマーが。キルシェの手にはスピアが現れる。いつも通り、魔法を使ったという手応えが確かにあった。
「よ、良かったぁ……!魔法は普通に使えるみたい……って、」
一瞬安堵しかけたシトラスは、自分の手元に現れたハンマーを見て言葉を失う。
いつも使っているオレンジの切り口があしらわれたハンマーが、どういうわけかにんじんをかたどった可愛らしいデザインのものに変わっていたからだ。しかもよく見ると鼓の下に紅白カラーのリボンが装飾されており、なんともおめでたい雰囲気になっている。
嫌な予感がして、シトラスは自分と同じく魔具を呼び出したキルシェの方に目を向ける。キルシェがいつも使っているのは桜色のキャンディのようなスピアだ。
が、今彼女が手にしているスピアは先端が尖った形はそのままに、やはりにんじんを思わせる造形になっていた。
「うそ……、なんで魔具まで!?」
シトラスは絶句する。兎(バニー)の次はにんじん。最早ここまで来ると、誰かの嫌がらせか悪戯としか思えなかった。
しかし誰が一体何のためにこんなことをしたのかさっぱりわからない。黒き明日(ディマイン・ノワール)ならば、もっと姑息で確実に打撃を与えるような罠を仕込むだろう。
「へぇ~、可愛いじゃん♪あたしは気に入ったかも♪」
そう言ってキルシェはその場でにんじんスピアを持ってくるりと回ってみせる。どうやら彼女は自分たちの身に起きた問題をあまり気にしていないらしい。むしろ新しい玩具を買ってもらった子供のように目を輝かせている。
「うう……、どうしてこんな……」
「っ!?シトラス、危ない!!」
トルバランの声にハッと我に返ると、目の前にはこちらへ向かってくる影があった。魔獣が攻撃してきたのだと気付いた時にはもう遅く、シトラスの身体は魔獣から伸びた木の枝に弾かれて軽々と吹き飛ばされてしまった。
「きゃっ!!」
地面に叩きつけられる衝撃に備え、思わず目を瞑るシトラスだったが、想像していた痛みは一向に訪れない。
(え……?)
いつもならとうに地面に叩きつけられていてもおかしくないのに、今回は違った。シトラスの身体は未だに宙に浮いていて、ゆっくりと地上へ降りていく最中だったのだ。
「……あれ?もしかして私、飛んでる?」
ふと下を見れば、地面との距離はかなり離れている。自分がかなりの高さまで飛び上がっている気が付いたシトラスは驚いて目を見開く。
「わわっ!どうしよう、どうやって降りたら……!」
「シトラス、落ち着いて。大丈夫ですから、そのままゆっくり降りてきてください」
慌てるシトラスを落ち着かせるように声をかけたのはトルバランだった。
「う、うん…!」
シトラスは言われた通り、できるだけ身体を動かさないようにしながら降下していく。
(……あれ?地上からかなり離れてるはずなのに、トルバランの声がすぐ近くに聞こえた気がする……)
どうしてだろう、と不思議に思っているうちにも身体はどんどん地上に近づいていく。
やがて地上に足が着くと、すかさずキルシェが駆け寄ってきた。
「シトラス大丈夫!?怪我はない!?」
心配そうに顔を覗き込むキルシェ。シトラスは笑ってみせた。
「うん、大丈夫!なんか、すごく身体が軽かった感じがするけど……」
自分の身体を見回しながら、シトラスは首を傾げる。
普段の魔装ももちろん普通の人間であるシトラスやキルシェの能力を大幅に向上させるものだが、今回のそれはいつもとは何かが違う気がする。
「おい、また来るぞ!」
シュバルツェの声でハッとした二人は、慌てて魔具を構える。見ると魔獣は既にこちらに狙いを定めており、今にも襲いかかろうとしてきているところだった。
「っ!!まずはあいつを倒さないと……!」
「ええ、そうですね!」
シトラスとトルバランはそれぞれ武器を振り回し、魔獣に向かって走り出す。
御神木を素体とした魔獣はその巨体を活かして二人を踏み潰そうとしてくるが、それを難なくかわしたシトラスたちはそれぞれ武器を振りかぶる。
「いっけぇえええ!!『隕石(メテオライト)!!』」
シトラスの持つハンマーが光を帯び、魔獣の胴体めがけて振り下ろされる。
しかし――
「……え?」
ハンマーはぽよん、と情けない音を立てて弾かれてしまう。
魔法攻撃特有の手応えが全くなかったことで、シトラスは思わず目を丸くする。これではまるで、出店に売っているバルーンのようなものだ。
「ど、どういうこと……?」
まさか魔法の発動に失敗してしまったのだろうか?不安に駆られながら下を見下ろすと、すかさずスピアを構えて攻撃を繰り出そうとキルシェの姿が見えた。
「『色とりどりの砂糖菓子(コロレ・コンフィズリー)』!!」
呪文の詠唱と共に、カラフルなキャンディの形の魔力がスピアから勢いよく……放たれなかった。キャンディ型の魔力はぽて、とやはり情けない音を立てながら魔獣の身体に当たって地面に落ちるだけだった。どうやらキルシェも魔法の発動に失敗したらしい。
「えっ?ちょ、ちょっと何これ!?どうなってんの!?」
状況が呑み込めず、混乱したように叫ぶキルシェ。そんな彼女をよそに、魔獣は再びこちらへ向かってこようとしている。
「キルシェ、逃げて!!」
シトラスは慌てて呼びかけるが、パニックに陥っていた彼女は僅かに反応が遅れた。魔獣の巨大な手が、彼女の小さな身体を包み込もうと迫る。
「――『翠雷(ヴェール・トネル)』!!」
その瞬間、緑色の稲妻が走ったかと思うと、キルシェに向かって伸ばされていた魔獣の手は焼け焦げたように黒く変色し、やがて消し炭のようにボロボロになって崩れ落ちていった。
「……まったく、戦いの間は油断するなとあれほど言っただろう」
呆れたような口調でそう言いながらキルシェを庇うように立っていたのは、シュバルツェだった。
「あ、ありがとうシュバくん!助かったぁ……」
「礼なら後にしろ。まだ終わっていない」
シュバルツェの言う通り、魔獣はまだ死んではいないようだ。むしろ今の一撃を受けて怒り狂っているようで、咆哮を上げながら再びこちらに向かってくる。
「ちっ、余計にお怒りになったようだな。下がっていろ、キルシェ」
舌打ちをしながらそう言ったシュバルツェは、魔具の双剣を構え直しながら前に進み出る。
「シトラス達が戦えない以上、俺たちで何とかするしかありませんね」
「ええ、頼りにしていますよ。シュバルツェ」
トルバランの言葉に頷いたシュバルツェは、小さく呪文を唱えたかと思うと、次の瞬間には魔獣の背後に回っていた。そして目にも止まらぬ速さで魔獣に切り掛かっていく。
トルバランもまた、身の丈ほどある大剣を振って魔獣を攻撃していく。二人の息のあった攻撃によって魔獣の身体は見る間に傷ついていった。
(す、すごい……!動きが全然見えない……!!)
二人の華麗な連携技に見入っているうちにも、魔獣は次第に弱っていく。やがて魔獣は力尽きるようにその場に倒れ込み、そのまま動かなくなってしまった。
「やった……のかな?」
動かなくなった魔獣を前に、シトラスとキルシェは顔を見合わせる。すると突然、魔獣の身体全体が黒い靄に包まれ始めた。
「な、何が起きてるの!?」
「まさか……再生しようとしているのでしょうか?」
狼狽えるシトラスに対し、冷静に分析をするトルバラン。その間にも魔獣の身体からは黒い靄のようなものが吹き出ていき、それが徐々に裂け目や傷を修復していく。
そうして完全に元の形を取り戻した魔獣だったが、その姿は先ほどまで戦っていたものとは大きく異なっていた。
「なにこれ!?さっきよりでっかくなってるんだけど!!」
驚くキルシェの言う通り、魔獣は傷を修復しただけではなく、更に巨大化していた。
木の根が変化したであろう脚は太く長くなり、腕や背中など至るところから枝のような触手が伸びていて蠢いている。頭部には無数の目がついていてギョロギョロと辺りを見渡しており、口と思しき部分からは絶えず涎を垂らしている。
もはやその姿形は完全に化け物と呼ぶに相応しいものだった。
「これは……厄介ですね」
冷静な口調とは裏腹に冷や汗を流しながら呟くトルバラン。
「俺が動きを止めます。恐らく弱点はあの目の辺りかと」
「ええ、お願いします、シュバルツェ」
言うが早いかシュバルツェは跳躍し、双剣の形をしている魔具の柄にあるスイッチを親指で押す。瞬間、それまで剣の形をしていた魔具は変形して拳銃のような形態へと変わった。
「大人しくしろ!!『稲妻(エクレール)』!!」
シュバルツェが銃口を向けると同時に、凄まじい威力のエネルギー弾が発射される。電撃を帯びた弾丸は魔獣の目の一つに命中したが、ダメージ自体はあまり与えられていないようだった。
「くっ……火力が足りなかったか……!」
悔しそうに歯噛みするシュバルツェだが、魔獣の方も黙ってはいない。刺激されたことに腹を立てたらしい魔獣は、無数の枝のような触腕をシュバルツェに向かって伸ばしていく。
それはまるで生きているかのようにうねうねと動き回り、あっという間にシュバルツェを捕らえてしまった。
「なっ……!?」
驚いて目を見開くシュバルツェだったが、すぐに気を取り直して自分を捕える触手を引き剥がそうとする。が、
「ぐうっ……!」
しかしそれよりも先に別の触手が彼の身体に巻き付いてきたため、それも叶わなかった。
「シュバルツェ!!」
とうとう身動きが取れなくなったシュバルツェを見て、トルバランは彼を助けようと駆け出した。しかしその行く手を阻むように他の触手が襲ってくる。
それを躱すのに気を取られた隙に、今度は巨大な魔獣の手がトルバランを捕まえようと迫ってきた。
「トルバラン、危ないっ!」
咄嗟にシトラスがハンマーを振りかぶって魔獣の腕を殴りつける。が、やはり風船のようにぽよん、と跳ね返されてしまっただけだった。
「シトラス、来てはいけません!早く逃げ……っ!?」
全て言い終えない内に、トルバランの言葉が途切れる。シトラスに気を取られたその一瞬のうちに、巨大魔獣の腕が背後から彼を拘束したのだ。
「しまった……ぐっ……!!」
ぎりぎりと締め上げられながら、苦悶の表情を浮かべるトルバラン。そんな彼の様子を見ていたシュバルツェが、焦りを含んだ声で叫ぶ。
「トルバラン様!!」
助けに行こうと足掻くものの、シュバルツェもまた魔獣に拘束されており動けない状態だった。
「……どうしよう、二人を助けなきゃ!」
「でもあたし達今、魔法が使えないよ!どうしたら……!!」
シトラスとキルシェが顔を見合わせて困惑している内に、魔獣の枝が二人の方向に向かって伸びてくる。慌てて避ける二人だったが、そのうちの一本がキルシェの足首に絡みついた。
「きゃっ!?」
バランスを崩したキルシェは尻餅をつくように転んでしまう。そんな彼女目掛けて、何本もの枝が襲い掛かってくる。
「わわっ、ちょっとタンマぁっ!!」
迫りくる枝から逃げようとキルシェはスピアで枝の触手を薙ぎ払おうとするが、そんな攻撃ではびくともしない。そしてそのまま、彼女の身体は枝によって絡め取られてしまうのだった。
「キルシェ!!きゃあっ!!」
拘束されたキルシェの姿を見て思わずそちらへ向かおうとしたシトラスだが、手首にもいつの間にか別の枝が巻き付き彼女を空中に持ち上げる。
「うぐ……っ」
ギリギリと締め付けられて痛みに顔を歪めるシトラス。どうにか逃れようとするものの、細い木の枝とは思えないほどの強い力で拘束されているためビクともしなかった。
「そ、そんな……」
「みんな捕まっちゃったってこと……?嘘でしょ……?」
愕然とした表情で呟くシトラスとキルシェ。
その間にも、二人はトルバランやシュバルツェのいる場所よりも高い場所に持ち上げられていく。
高度が上がるにつれて二人の視界に神社の全貌が映り込んだ。
拝殿こそ無事であるものの、神木の生えていた場所からここに至るまでの石畳や灯篭などは軒並み破壊されてボロボロになっていた。生えている木も神木にエナジーを奪われたのかほとんどが枯れており、地面には無数の切り株や抉れた跡が残っている。
そして神社の周辺では、魔獣が現れた際の瘴気の影響で体調を崩したり、運悪くエナジーを奪われて倒れてしまっている参拝客も何人かいた。
「ひどい……」
あまりにも凄惨な光景に、シトラスは思わず言葉を失う。
「……せっかくみんな、お正月を楽しんでいたはずなのに……どうして……」
キルシェも同じ気持ちだったようで、唇を噛み締めながら悔しそうに呟いた。
参拝客達の方に視線を移すと、倒れた親にすがりついて泣きじゃくっている子どもの姿が目に入った。子どもだけではない。負傷している友達らしき人を肩に担いで周りに助けを求めている学生もいれば、夫婦らしき男女がお互いを守るように抱き合い身を寄せ合っている姿もあった。
――お母さん起きて!助けて……!!怖いよぉ……!――
――あなた、しっかりして!!ねえお願いよ目を開けて……!
「……っ!キルシェ、今の……」
「うん、聞こえた。多分神社に来てた人たちの声だと思う」
突然聞こえてきた声に驚いた二人が顔を見合わせていると、再び声が聞こえてきた。
――誰か助けてください!息子が急に苦しみ出して……!!
――友達が倒れて意識が戻らないんです!お願いします、誰でもいいから助けて!!
「……っ!」
聞こえて来る声のどれもが切羽詰まったもので、助けを求める声はどんどん増えて大きくなっていく。
反射的に、シトラスもキルシェも目を瞑った。
耳も塞ぎたくなったが、拘束されている身ではどうすることもできない。
(……ううん、だめだ、塞いじゃ。これは私たちの助けが必要な人たちの声なんだ)
ぎゅっと強く目を瞑って耐えていたシトラスだったが、やがてゆっくりと瞼を開いた。
眼下の人々は皆一様に絶望に満ちた表情を浮かべており、助けを求める声は絶え間なく聞こえてくる。そんな光景を見ている内に、シトラスとキルシェの胸中にふつふつと怒りが込み上げてきた。
「こんなにたくさんの人を悲しませて……!絶対許さない……!」
「そーだよ!御神木に憑依するバチ当たりな魔獣ちゃんなんて、キルシェちゃんとシトラスがやっつけちゃうもんねー!」
そうだ、自分たちは魔法少女だ。
人々を助け、この世界を守るために戦うのが使命。それなのに、ここで諦めるわけにはいかない。
二人が決意を固めたその時、突如として眩い光が辺り一面を照らし出した。
「っ!?何!?」
あまりの眩しさに、その場にいた全員が目を閉じてしまいそうになるが、それでも必死に堪えつつ目の前の光を見据え続ける。
すると次の瞬間、どこからともなく女性の声が聞こえてきた。
『よく言いましたね、シトラス、キルシェ。あなた達ならきっと諦めないと信じていました』
光の中から姿を現したのは、白地に金色の装飾が施されたドレス姿に身を包んだ女性であった。
ふわりと宙に浮いたままシトラス達の目の前まで移動してくる。
突然のことに驚きつつも、彼女達はその女性が誰なのかすぐに理解した。魔界を牛耳る邪神と対を成す存在にして、この世界を守護する存在。
「まさか……、あの方は」
「女神様……?!一体どうしてここに?」
シトラスがこう言うのも無理はない。
と言うのも、シトラスとキルシェを魔法少女へと覚醒させ力を与えた張本人である女神だが、彼女はこれまで滅多にシトラス達の前に姿を表すことはなかったからだ。
時折声が聞こえることはあったがそれも本当に稀なことで、まともに顔を合わせて会話をするのはそれこそ、魔法少女としての力を与えられた時以来だったのではないだろうか。
そんな女神はどこか嬉しそうに微笑みながら、再び口を開いた。
『私はずっと見ていましたよ、あなたたちのことを。辛い時も苦しい時も決して挫けず、一生懸命頑張る姿を』
「あ……ありがとう……ございます……」
突然現れた女神に戸惑いつつも、褒められたことを素直に嬉しく思ったシトラスは頬を赤く染めながら礼を言う。しかしすぐにはっとして我に返ると、慌てた様子でこう続けた。
「じゃなくて!あの、それより大変なことになっているんです!!魔獣が……って、あれ?」
「全然動いてない……?さっきまであんなに大暴れしてたのに」
キルシェも不思議そうに首を傾げている。確かに先ほどまであれだけ激しく動いていた魔獣であったが、今はピクリとも動かなくなり、呼吸音すら聞こえない。それどころか先程まで聞こえていた人々の声もすっかり途絶えてしまっている。
『今、私の力であなた達四人以外の時を停止させています。なのでご安心なさい』
「四人って……私達もなんですね」
「シトラスとキルシェは兎も角、俺とトルバラン様は魔族なのだが……」
困惑したように呟くトルバランとシュバルツェに、女神は微笑みかける。
『あら、種族は関係ありませんよ?お二人は確かに魔界の住人ですが、人間界を守るため、あの子達を守るために日々努めてくださっているではありませんか』
「いや……まあ、それはそうですけど……」
歯切れの悪い返事をするシュバルツェだったが、一先ずそれ以上言及することはなかった。それよりも女神の言葉の続きを聞く方が先だと判断したからだ。
『さて本題に入りましょう。シトラス、キルシェ。あなた達に伝えなければならないことがあります』
そこまで言うと女神は一旦言葉を区切り、少し間を空けてからゆっくりと語り始めた。
『今日が1月1日であることは、二人もご存知ですね?」
「……はい?え、ええ、そうですね」
唐突な話題転換に戸惑ったものの、とりあえず頷くシトラス。そんな彼女に対し、女神はさらに言葉を続けた。
『今日はこのラコルトの街に限らず、世界のあらゆる場所で人々が新年の祈りを捧げます。それはすなわち、世界を支える神々にとって最も力が高まる時でもあるのです』
「えっと……つまりどういうことなんですか?」
話の流れがよくわからず、首を傾げながら聞き返すキルシェ。
『あなた達に力を授けている私自身の力も当然、増幅しています。故にあなた達は今、普段よりも強力な魔法を使える状態なのですよ』
「えー!そうなんですか!?知らなかったぁ……!」
それを聞いて目を輝かせるキルシェとは対照的に、シトラスは難しい表情を浮かべて言った。
「で、でも女神様……!私たち、さっき魔法が使えなかったんです!!魔装もなんか、いつもと違っていて……」
しかし女神様の返答は、彼女が予想していたものとは全く違ったものだった。
『いいえ、あなた達二人には確かに魔法を使うための魔力が備わっています。ただ……』
そこで一度言葉を区切り、ひと呼吸置いて女神は告げる。
『あなた達が授かった力は新年の祈りによって生じた力……すなわちお正月パワーによるもの。故に魔装はこの地に伝わる干支に因んだうさぎをモチーフにしたものになっており、魔法も心をうさぎのように軽やかかつ可愛らしくすることでいつも通り……いいえ、それ以上の力を発揮することができるでしょう』
「お正月パワー……」
ポカンとしながらシトラスが呟く。しかし、その隣のキルシェはピンと来たようだった。
「あ、そっか!だからあたし達の魔装はバニーガールみたいになってて、高くジャンプ出来たのも、遠くにいる人の声が近くで聞こえたのも、お正月パワーでうさぎさんみたいになったからだったんだ!!」
『その通りです、キルシェ。流石飲み込みが早いですね』
感心したように言う女神様に、キルシェは満面の笑みを浮かべて言う。
「えへへー♪ありがとうございますー♪」
キルシェは改めて自分達の着ているコスチュームを見回したのだが、ここでふと疑問が生じ、それをそのまま口に出した。
「……ねーねー女神サマ、なんでシュバくんや先生はバニーちゃんに変身しなかったんですか?」
「はぁ!?何を言っているんだお前は?!」
シュバルツェは思わず声を荒げたが、女神様は機嫌を損ねることなく相変わらず穏やかな笑みを浮かべて答える。
『今回の変化は私の力が元で起きていることだからですね。
私が力を与えたことによって魔法少女になったシトラスとキルシェには私由来の魔力が備わっていますが、元々魔界の住人であったトルバランとシュバルツェはあなた達と魔力の質が異なります。故に影響を受けなかったのでしょう』
「そっかぁ……残念」
「何が残念だ!?仮になったとして見たいのかお前は!?」
残念そうに肩を落とすキルシェだったが、即座にシュバルツェがツッコミを入れる。女神はそんな二人の漫才のようなやり取りを見てクスクスと笑った。
「……しかし、干支であるうさぎの力を得て変身したとはいえ、バニーガールは少々俗ではありませんか?女神様」
それまで黙って話を聞いていたトルバランだったが、ふとそんなことを呟いた。
確かにうさぎをモチーフとした衣装の代表格ではあるが、露出度の高いレオタード姿にうさ耳を付けた美少女二人が戦う姿はあまりにもシュールだし、そもそも戦闘向きではない気がしてならない。
『あら、そうでしょうか?私はとても可愛らしいと思いますが』
何の問題があるのか、と言わんばかりな表情で首をかしげる女神に、トルバランは閉口する。どうやらこの女神はかなりマイペースな性格で、尚且つかなり独特なセンスの持ち主のようだ。
(神という存在は……何故皆揃いも揃って自分の感性を正しいと思いこんでいるのでしょうか……?)
内心でため息をつくトルバランであったが、そんな彼をよそに女神様はさらに言葉を続ける。
『それに、これは私の趣味ではなくあくまで世界を守るために必要な措置ですから。あまり気にしないでくださいな』
「そうですか……わかりました」
これ以上追及しても無駄だと判断したのだろう。素直に引き下がると、トルバランは再び黙り込むのであった。
「でもキルシェちゃん、この魔装かなり気に入ってるよー!女神様いいセンスしてるー♡」
『ふふ、でしょう?キルシェには良さが伝わったようですね』
嬉しそうに微笑むキルシェに対し、ニコニコとした声で応える女神。
(趣味じゃないのではなかったのですか……)
そんな二人のやりとりを見ながら心の中でツッコむトルバランだが、やはりこれも口にはしないのだった。
「私は、これ……ちょっと恥ずかしいです……」
一方で、シトラスは頬を赤く染めながらもじもじと呟く。そんな彼女に女神は優しい声で語りかけた。
『大丈夫ですよ、シトラス。恥じらう必要はありません。これはあなた達の魅力や可愛らしさを最大限に引き出す魔装ですから、むしろ自信を持ってくださいな』
「そ、そうなんですか……?」
自信無さげに聞き返すシトラスに、女神はにっこりと微笑んで頷く。
『ええ。それに、現にあなたのお姿を見て内心喜ばれている方が約一名いらっしゃ……』
「とりあえず、彼女たちが魔法を使えるのは間違いないのですね?女神様」
女神の言葉を遮るように、トルバランが問いかける。すると女神はにこやかな声で答えた。
『うふふ。ええ、間違いありません。彼女達の持つ膨大なお正月パワーならばきっと、この魔獣を倒せるはず。ただ、忘れないで』
そう言って女神は真剣な声色になると、一呼吸置いて告げた。
『心をうさぎのように軽やかかつ可愛らしく!それが、このお正月パワーを発揮するコツですよ!』
「心をうさぎのように」
聞き慣れない言葉を反芻するように呟くシトラス。
間近で聞いていたシュバルツェは、すぐ側で魔獣に囚われているトルバランにこっそりと尋ねる。
「トルバラン様……意味、わかりました?」
「……気の持ちようの問題である、という事ぐらいは」
トルバランは少し間を置いて、苦笑気味に答える。
やはりあのバニースーツは女神の趣味……というより、悪ノリによる産物である気がしてならない。しかし今はそれを気にしている場合では無いので、二人はそれ以上追求しないことにした。
『さあ、私の加護を受けた二人の魔法少女さん。頑張ってくださいね』
柔らかな声でそう告げると、辺りを煌々と包み込んでいた光は徐々に弱まり、女神の姿が消えていく。そして、
───パキッ、
「あ、枝が!!」
止まっていた時間は、再び動き出したようだ。
4人を拘束していた魔獣の枝が軽い音を上げて折れる。
自由の身となった4人は地上に降り立つと、すぐさま戦闘態勢に入った。
「キルシェ、行くよ!」
「おっけー!任せてよ!」
シトラスの呼びかけにキルシェはそう答えると、地面を強く蹴り軽々と宙に飛び上がった。
当然、魔獣は向かってきたキルシェを叩き落とそうと枝を束ねた腕を振るうが、彼女はひらりとかわして他の木の枝に着地する。そのままぴょんぴょんと跳び回りながら攻撃を避けていく様はさながらうさぎのようだ。
「こっこまーでおいでー!からの『人参の砂糖菓子(キャロッテ・コンフィズリー)』!!」
詠唱と同時に、キルシェの持つにんじん型のスピアの先端から光の玉が出現する。それはよく見ればひとつひとつがにんじんの形をしており、ふわふわと空中を漂っていた。
「いっけぇ!」
掛け声と共に、キルシェはその光の玉を魔獣めがけて放つ。放たれた光の玉たちは次々と魔獣に命中し、その度に爆発を起こした。
「グォオオオォォォッ!!!」
攻撃を受けた魔獣は悲鳴のような咆哮を上げる。しかし致命的なダメージに至らなかったのか、逆上した魔獣はキルシェを捕まえようと勢いよく腕を振り下ろしてきた。
「わっ!?」
攻撃の態勢を取ったままのキルシェは避けようにも間に合いそうにないと判断し、反射的に目蓋をぎゅっと閉じる。……その時だった。
「……え?」
魔獣の腕は振り落とされなかった。キルシェが顔を上げると、魔獣の腕は緑色の雷によく似たエネルギーに拘束されていたからだ。
「キルシェ、そのまま続けろ。魔獣(やつ)は確実に弱っている」
後ろから聞こえてきた声に振り向くと、シュバルツェが手をかざしていた。どうやら彼が魔法で助けてくれたらしい。
「シュバくんありがとっ!!よーしっ、このままやっつけちゃうんだからっ」
元気よく返事をしたキルシェは再びにんじん型のエネルギーを出現させ、魔獣に向けて放つ。シュバルツェの拘束魔法のおかげで避けたり跳ね返したりすることが不可能になった魔獣は、その攻撃をもろに喰らってしまった。
「グゥウゥゥゥ……!!」
苦しそうな呻き声を上げながら、ついに傾き始める魔獣。
それを見たシュバルツェは静かに頷き、その意図を汲み取ったキルシェは地上に向かって叫んだ。
「シトラス、今!!」
「弱点は目の部分だ!そこを狙って止めを刺せ!!」
キルシェに続いてシュバルツェが叫ぶ。魔獣の頭の辺りでぎょろぎょろと蠢く目を確認し、シトラスは頷いた。
「うん!!」
シトラスは意識を集中させ、ハンマーにキスする。その瞬間、にんじんの形をした鎚が眩く光り始めた。それから地面を強く蹴って高く飛び上がり、勢いをつけて思い切り槌を振りかぶる。
「『人参隕石(キャロッテ・メテオライト)』!!」
詠唱と共に、にんじん型の鎚が纏う光は最大限まで強くなる。そしてそれはやがて巨大な1本のニンジンとなり、魔獣の目玉に命中した。
「グギャァアァァアッ──!!」
耳を塞ぎたくなるような叫び声。しかしこの期に及んで、魔獣はまだ諦めていなかったらしい。
「えっ……!?」
巨大なにんじんハンマーを押し返さんと、魔獣が鎚を掴んできたのだ。
─まだ、そんな力が残っていたなんて。
予想外の展開に驚くシトラス。だがすぐに集中し直すと、更に強く柄を握りしめて歯を食い縛った。
「くっ……うぅぅっ……!!」
負けじと叫ぶシトラスの声に呼応するかのように、ハンマーの光が強まる。が、魔獣の押し返す力の強さに、じりじりと押され始めていた。
(どうしよう……!このままじゃ……!!)
「シトラス!」
ハンマーもろとも吹き飛んでしまいそうになったその時、柄を握る手を上から誰かが包み込むように握った。
「トルバラン……!」
「大丈夫、落ち着いてください。私も手伝います」
彼は優しい表情で微笑むと、そのままシトラスの手に重ねるように自分の手を重ねる。すると途端に身体の底から力が湧いてくるような感覚を覚えた。
自分は一人ではない、という安心感。
それがシトラスの心を埋め尽くすと、自然と不安は消え去った。今なら何でも出来そうだと思えるほどに、心も体も軽い。
(これが、心をうさぎのようにってことなのかな……?)
そんなことを思いながら、シトラスはふとトルバランの方を横目で見る。視線に気づいた彼はシトラスと目が合うと、にこりと微笑み返した。
「……いけますか?」
「……うんっ!」
彼の言葉に頷いたシトラスは、再び全身に力を入れる。すると今度は2人の力が加わり、少しずつではあるが魔獣の身体が後ろに下がっていくのがわかった。
「いっけぇぇええぇっっ!!!」
渾身の力を込めてそう叫び、ハンマーの柄を握る手にありったけの力を注ぐ。次の瞬間─
──ズドォオオオンッ!
轟音と共に土煙が舞い上がる。視界を奪われた4人は、一旦動きを止めた。
「や、やったの……?」
最初に口を開いたのはキルシェだ。
彼女は恐る恐る土煙の向こうを覗くと、そこには仰向けに倒れている神木型魔獣の姿があった。倒れた魔獣はしばらくの間、再び起き上がろうと枝や根を動かして抵抗していたが、それも長くは続かなかった。数秒後には動きが完全に止まり、完全に沈黙する。そして、徐々に黒い靄となって消滅していったのだった。
「……終わったね」
ぽつりと呟くシトラスの声をきっかけに、張り詰めていた空気が緩む。それと同時に全員が安堵の息をついた。
「……とりあえず、これで一件落着か……」
緊張が解けたせいか一気に疲労感に襲われたシュバルツェはそう呟きながら、深く息を吐く。
「はぁ〜……お正月早々つっかれたぁ〜!絶対帰りに屋台のクレープとたこ焼き食べて帰ろーっと!」
「お前は疲れていなくてもいつもたんまり食ってるだろう」
キルシェの言葉に呆れたようにツッコミを入れると、シュバルツェはもう一度大きな溜め息をついた。
激しい戦闘が終わった後でも、キルシェはいつもと変わらない様子だ。しかしそんな彼女を見てシュバルツェは少し安心したような表情を浮かべた。
「な、何とかなってよかったぁ……」
魔獣にトドメを刺したシトラスは、そのまま脱力しそうなところをトルバランに支えられて地上に降下しているところだった。
「シトラス、見てください」
トルバランにそう言われ下を見ると、先ほどまで魔獣が暴れたことによって破壊されていた灯籠や石畳が元通りになっていることに気付く。魔獣の素体として使われた神社の御神木も、元々生えていた位置に戻っていた。
「すごい……」
「恐らくこれもお正月パワーの力なのでしょう。よく頑張りましたね」
そう言って微笑んだ後、トルバランはそっとシトラスの頭を撫でる。子供扱いされているようで少し恥ずかしかったものの、それ以上に嬉しさが込み上げてきて顔が熱くなった。
そんなやり取りをしていると、やがて地面に足が着く感覚がして浮遊感が収まる。どうやら無事に地上に着いたらしい。
「シトラスーっ!先生ーっ!」
名前を呼ばれて振り返ると、キルシェとシュバルツェがこちらに向かって走ってくるのが見えた。
「二人ともご無事で何よりです」
「シトラス達もお疲れ様ー!」
合流した四人はお互いの無事を確認して、ホッと胸を撫で下ろす。それから改めて辺りを見回すと、神社はやはり元通りになっていた。少しずつだが遠くからざわざわとした人々の話し声なども聞こえてくる。どうやら魔獣の姿が消えて騒ぎが収まったことで、一度その場を離れていた参拝客達が再び神社に戻ってきたようだ。
「ひとまずこの場を離れましょうか」
「……そうですね。警察に見つかると厄介ですし」
トルバランの提案に同意しつつ、周囲を見回しながらそう言うシュバルツェ。
彼の視線の先では、先程の騒動の最中に誰かが呼んだらしきパトカー数台が到着していて、数人の警察官が慌ただしく走り回っているのが見えた。このままここに留まっていれば、そのうち事情聴取などで捕まってしまうかもしれない。
「よーし!んじゃ、変身解いて初詣の続きしちゃお!」
「そうだね、屋台とかもゆっくり見れなかったから……」
キルシェの言葉に同意して、シトラスは変身を解こうと胸元に手を翳そうとした。
が──
「……え?」
その手はトルバランによって掴まれてしまう。驚いて顔を上げると、彼はにっこりと微笑んでいた。
「申し訳ありません、キルシェさん。急用を思い出しましたので屋台の方はシュバルツェと二人で回ってくださいませんか?」
急用?そんなものあったっけ?
シトラスの頭に疑問符が浮かぶ中、突然そんな提案をしたトルバランの意図を察したのか、キルシェはニヤリと笑みを浮かべる。
「おっけー!そんじゃ、あたし達だけで楽しんでくるねー!」
「おい待て、勝手に決め……っ」
状況に全くついて行けてないシュバルツェの口をキルシェが手で塞ぐ。
「と、トルバラン?よくわからないけど一旦変身解いて……きゃあっ!?」
困惑しつつもなんとか説得しようと試みたシトラスだったが、突如彼女の体がふわりと宙に浮く。突然のことに驚いた彼女が視線を下に落とすと、いつの間にかお姫様抱っこされていた。
「ちょ、ちょっと!?降ろしてよ!!」
顔を真っ赤にしてじたばた暴れるシトラスだったが、しっかりと抱えられていて抜け出すことができない。
「シトラス、ここの神社しばらく屋台出してるみたいだから明日また来ようよ!じゃ、まったねー!!」
「ええ、ではまた」
笑顔で手を振るキルシェに対し、トルバランは穏やかな笑みを浮かべて手を振り返す。
そんな中でやはり状況を理解できていないシュバルツェはキルシェに口を押さえられているためモゴモゴとしか言えず。
半ば強引に横抱きにされているシトラスは勝手に話を進めるトルバランに文句を言おうとするが、上手く言葉にできないまま転移魔法によって次の瞬間にはトルバラン共々その場から姿を消してしまったのだった。
***
「ちょっと、どういうつもり……っんむぅっ!?」
家に着いて下ろされるなり、有無を言わさず唇を奪われる。驚きのあまり一瞬固まってしまったシトラスだったが、すぐに我に返ってトルバランの胸を押し返そうとする。
しかし抵抗虚しく逆に後頭部をがっちり固定されて身動きが取れなくなってしまった。
「んっ……ふぁ……んぅ……」
唇を割るように舌が侵入してきて口内を蹂躙される。
歯列をなぞられ上顎の裏を舐められると背筋がゾクゾクした。舌同士を絡められて吸われると頭がぼうっとしてくる。唾液を流し込まれると反射的に飲み込んでしまい、まるで媚薬でも飲まされたかのように身体が火照る。
ようやく解放された時にはすっかり息が上がってしまっていた。
「はぁ……はっ……なん、で……」
涙目になりながら肩で息をするシトラスを見て、トルバランはふっと微笑むと彼女の頬に手を添える。
「私が先程からどれだけ我慢していたかご存知ですか?」
「へ……?」
きょとんとした顔で首を傾げる彼女に再び口付けを落とす。今度は触れるだけの優しいキスだ。
「女神の悪戯とはいえ、そのような姿になった貴方を前にして平静を保つことがどれほど大変だったか」
そこまで言われてようやく、このバニーガールのような魔装のことを言っているのだとシトラスは理解した。そして同時に顔が熱くなるのを感じた。
(私の格好を見て、そんなに興奮してたの……?)
改めて言われると恥ずかしくて仕方がない。シトラスは思わず両手で顔を覆ってしまう。そんな彼女の反応が愛らしく思えて思わず笑みがこぼれた。
「……可愛いですね、シトラス」
「〜〜〜っ!ばかばかっ!!」
恥ずかしさのあまり涙目になってトルバランをぽかぽかと叩くシトラスだが、それは彼にとってご褒美でしかないということを彼女は知らない。
「トルバランのえっち!!もう、変身解くからあっち向いてて!!!」
そう言ってぷいっとそっぽを向いたシトラスは、今度こそ変身を解こうと胸元に手を翳して意識を集中させようとする。
「ええ、解いて構いませんよ?……ただし」
「え?ひゃあっ!?」
突然背後から抱き締められたかと思うと、視界がぐるりと回って、気が付けばベッドの上に寝転がっていた。
トルバランに見下ろされている状況を理解した瞬間、一気に顔に熱が集まるのがわかった。両手は変身を解かせないようにするためか、トルバランに押さえつけられていて動かせない。ならばと足をバタつかせてみるものの、大して効果はなかった。
「なっ……何するの!?」
「おや、ご存じありませんか?人間界の年の初めには『姫始め』という文化があるのですよ」
「……ひめはじめ?」
聞き慣れない単語に首を傾げていると、トルバランは説明を続ける。
「年が明けてから初めて男女が交わることを言うそうです。元々は1月2日に行われていたようですが今では日付に関係なく行われていますね」
そう言いながら、彼はシトラスの足の間に体を割り込ませてきた。
つまり──事が終わるまで変身を解くなということらしい。
そのことに気付いたシトラスは慌てて身を捩るが、当然逃げられるわけもなくあっさりと押さえ込まれてしまう。
「ばっ、ばか!!えっち!!変態!!」
精一杯の抗議をするも、トルバランは余裕たっぷりといった表情で笑うだけだ。
「ふふ、何とでも仰ってください。私は貴方が思っているより遥かに欲深い男ですよ」
耳元まで顔を近付けてそう囁かれれば、それだけで身体の力が抜けてしまいそうになる。その隙を見逃さなかったトルバランの手が腰の線をなぞるようにつつ、と白いレオタードの上を滑っていき、背筋にぞくりとしたものが走った。
どうやら元の姿に戻れるのは、まだしばらく先になるらしい。シトラスは観念したように目を閉じた。
※本文中イラスト お竹さん(@taketi)