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【掌編小説】地図にない島

 僕の生まれた島は地図に存在しない。
 島というのもおこがましいくらいの小さな、石ころみたいな島。小高い山以外は岩と砂しかないような島だ。

 何もない島、だが、地図上から消される理由もないはずだ。

 島民は、太陽のことを、『浮き』と呼び、食料のことを、『黄っき』と呼び、踊ることを、『脚脚』と呼ぶ。他の島の奴らとの違いなんて、そんなものだ。
 映画や小説で見るような奇祭もなければ、死者が出るような因習もない。

 性格は、比較的穏やかかもしれない。他の島との距離があまりにも離れていたため、島同士の争いごとに巻き込まれることもなく長年過ごしてきた呑気な歴史が所以だ。
 だが、それは地図上から島を無くす理由にはならない。
 例えばこれが、闘争本能剥き出しの好戦的民族が暮らす島なら、まだわかる。我々は平和主義を絵に描いたような島民である。さらにいえば、国際情勢を脅かすようなテロを企てられる知能指数もなければ、実行しようという行動力もないスローな島民だ。

 それが、なぜ、島ごと消されなければならないのだ。
 それが、なぜ、こうして檻に入れられなければならないのだ。

 クイズ番組の司会の原型のような、赤と青のハットを被った紳士風の変態が、アメリカ国旗の柄を分解して散りばめたタキシードを踊らせながら、僕のいる檻を指差して言った。

「ご覧ください! 遂に2000マイル先より海を渡って、やって来ましたよ!
 ごくごく小さな無人島……そこは、サンセットのような美しい毛並みの猿たちの楽園!
 しかしながら、我らアメリカ軍が国を守り抜くには、軍事実験を通して軍事力を保つほかないのです……そう、皆様の命を守るべく、この島は、この猿たちはアメリカの軍事実験に身を捧げてくれたのです!」

 男の前で、歓声がおこる。

「ですが、我々も鬼ではありません。
『もし、お猿さんの中で、アメリカに亡命して暮らしたい人はいるかな?』と声をかけました。
 すると、1匹のお猿さんが、手を……スッっと…………あげたような、あげなかったような!ハハハハハっ!
 皆さまの目の前にいるのは、たった1匹、いまや島ではなく基地となったかの地の生き残り!
 見たことないでしょう、この毛並み!
 聞いたことないでしょう、この鳴き声!
 新種の猿のその名前は、今朝決定したばかり!
 アメリカの更なる栄光を願ったその名は『ミサイルザル』! 『ミサイルザル』のミサちゃんと呼んであげてくださいねぇ!」

 仲間に会わせてくれ。
 改造されていてもいいから、島に戻してくれ。
 人間のいない穏やかなところに、連れて行ってくれ。

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【罪状】道路交通法違反

口上をしてるアメリカ人が警察に許可なく駅前で弁を振るっていたため。

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