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【#ガーデン・ドール】思い出と想い出

これは、まだお互いが自分の気持ちを自覚する前のお話。



2月14の夜。
とある、大切な人に感謝を伝えた日。

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「では、みなさん、おやすみなさい!」

「みんな、おやすみー」

元気な退室の挨拶と共に、ぽやぽやとしたヤクノジの手を取り、LDKから廊下に出る。
あべこべになったままの季節は、まだ冬の猛威を奮っており寒いはず…の廊下だが、今日はなぜか身も心もぽかぽかとして。
勢いで差し出した手はゆっくりと、しっかりと握られており、その温かさに思わず表情が緩む。

「ちょっと待っててもらえますか?」

「うん?分かった。」

2階に着くや否やゆるりと解かれた手に寂しさを憶えつつ、リラは自室に小走りで向かう。
走らなくてもいいのに、と眠気からか柔らかい笑みを浮かべるヤクノジには気付かず、目的の物を持ち、一度深呼吸。
手の柔らかさとは違う袋と、好みに合わせて作ったガトーショコラを抱えて廊下へ。

「お待たせしました、じゃあヤクノジさんのお部屋までいきましょう!」

「今日は忙しいというか、元気?だな……」

「今日は、ヤクノジさんに感謝をしようと思ってた日なので…」

そう言ってまた繋いだ手は、熱を持っていた。
じんわりとリラの体温を上書きしていくその優しさを感じる時間もないくらい、あっけなく3階に着く。
途端に、謎に離れがたい衝動に駆られつつも、今日は違うと言い聞かせる。
リラが葛藤している傍で、きょとんと不思議な顔をしているヤクノジ。

「感謝……?俺に?……何かしたっけ……?」

なんのことやら、と心辺りは見つからないらしい。

「本で読んだんですが、2月14日は『感謝や気持ちを伝える日』だそうなので…」

どくんどくん。
まるで耳の横で音が聞こえるかの様に心が脈打つ。

「そうなのか、あー……だからLDKにメッセージが貼られてて、菓子がいつもより多かったのか。」

ヤクノジの部屋の前に着き、すこし勢いをつけて振り返る。
二重にはなってしまうが、それは『みなさんへ』と書いてしまった自分の落ち度。
心は込めた。食べてほしいと、思ったから。
ヤクノジさんなら、笑顔で受け取ってくれるはず…そんな期待も込めて。

「ヤクノジさんには、たくさん助けてもらったので!」

笑顔で、ヤクノジを見るリラ。

「ん?んん???」

すこし考え事をするように首傾げながら、リラを見るヤクノジ。

「……あー、じゃあもしかしてリラも……?」

「…?私はこれを渡そうと思いまして…」

言葉の意味が分からず、リラもすこし首を傾げながら、持っていた包みを二つ渡す。
喜んで貰えますように、心を込めたプレゼントを。

「うん……?」
「開けてみてもいいのか?」

「あ、ひとつはおかし…なので、後でも大丈夫です!
大きいほうは…その、好みかどうかわからないんですが…」

まだよく分かっていないらしいヤクノジは受け取った包みを片手で器用に開けていく。
ごそごそと大きな包みの中身に触れて。

「……これを、俺に?」
「いいのか?」

驚きつつも手は止まらずにその中身を取り出し、新緑の瞳は手元とリラとを交互に見ていた。

「雪かきしてると、上着を着てるとはいえ寒いかな…と思いまして…!
よかったら、使ってくれると嬉しいです」

にこにこと、先程よりすこし赤みを帯びた笑顔でリラが伝える。
その言葉を聞きながら、首に瞳と同じ色のそれを軽く巻く。

「いや、すげえ嬉しいよ。マフラーの色も、俺の目の色だし……手作りだろ。似合うかな……」

「…ほんとは違う色にするつもりだったんですが、いろいろ見てて、この色がやっぱりいいなってなりまして………って前にもお伝えしてましたね…」

「ううん、俺の好きな色だし。これがいい。……時間かかったんじゃないか?有難う」

ヤクノジはくすぐったそうに照れ笑いを浮かべながら、感謝を伝える。
その表情につられて、リラも更に顔を赤らめていった。

「ちょ、ちょうど、授業もなくなっちゃって、時間はたくさんあったので…!
……うふふ、喜んでもらえてうれしいです…!」

「授業が無いけど、雪遊びしたり出来て楽しいよな。……雪かきは、ちょっと面倒だけど」

そう言いながら、あまり困ってないような表情をしながら、残りのちいさな包みに手をかけて中を確認した。

「……ん?ガトーショコラ……」

中を見て、再度びっくりしたような顔をした後、今までの記憶に合点がいったとばかりに、じんわりと耳元が赤くなる。

「……あのガトーショコラ、マジで俺に合わせて作ってくれたのか……?」

先程までLDKで食べていた『甘さ控えめ』なガトーショコラ。
それを思い出して、再度、手元のそれを見て。
目の前にいるリラに視線を移すと、真っ赤になって目線を泳がせている。

「あ…ぅ………」
「ど、どうせなら…一番おいしいって思ってもらえるものを…食べてもらいたかったので……!」
「こ、これ以上は…その、あの……私が大変なことになりそうなので………」

最後の方はごにょごにょと言葉にならずに、消えて行ってしまったけど。
その気持ちに、寄り添いたい。と思ってしまう。
ヤクノジはゆるく、笑って。

「……何ていうか、リラは丁寧で、すごいな。」
「俺にはできないっていうか、うん……栞もそうだし。尊敬する。」

「そう言って貰えるのは…なんか…くすぐったいですね…」
「………夜も遅くなっちゃいましたけど、渡せてよかったです
明日も雪かき、必要だと思うので…また暖かいお茶持って行きますね」

ヤクノジの笑みにつられて、ふにゃりと笑うリラ。
それにつられてにこにこと目尻を下げるヤクノジ。
ふたりの間には、確かに温かい空間が広がる。

「……俺も、言うのはくすぐったいけど。言わないといけない気がして。」
「有難う。なんかすげえ世話になってるな…………ちょっといいか?」

少し迷いを見せながらも、リラのまだ湿っている髪にそっと手を添える。

「あ、つ、冷たくないですか…?」

「ううん、冷たくないけど…」
「…あのさ、俺あんまりこういう…頭撫でたりとか、そういうことしないんだけど……何か、してみたくなって……」

自身でも理解出来ていないのか、戸惑いとドキドキが混ざったような表情で、優しく触れてくる。

「冷たくないなら、良かったです…」
「私もあまり撫でられたことなくて……ちょっと照れちゃいますね…」

ゆっくり、そっと毛先から触れていた手は、いつしかリラの頭を優しく撫でる。

「……寝る時には乾かしておけよ?………撫でたいって思うこともそう、無いから……何か調子狂うな……」

「が、がんばって乾かして寝ます…!」
「………撫でたくなったら、いつでもどうぞ…?…ふふ」

「……あんまり笑うなよ……」

首を傾げて笑うリラに、恥ずかしくなったのかマフラーで顔を隠すヤクノジ。

「ふふ、すみません」
「……じゃあ、私はこれで」
「風邪ひかないように、あったかくして寝てくださいね?」

「リラも、風邪ひくなよ。」
「……マフラーとガトーショコラ、ありがとな」

そう伝えて、そっと。

「………ちょっと借りるぞ」

リラの両手を取る。

「すげえ嬉しい。」

「……!」
「はい、喜んでもらえて、私もうれしいです…!」

眠気を孕んでいるのか、先ほどまでより幼さが目立つ表情でふにゃりと笑うリラ。
それを見て、悪戯っぽく笑いながら

「……今日は部屋に戻って寝れるか?」

なんて。

「んむっ…」
「まだ眠くないので、だ、だいじょうぶです!!」

「……そうか、じゃあ大丈夫だな。」

くつくつ笑うヤクノジ。
時間はとっくに深夜を回っていて、普段のふたりなら早々にベッドに潜り込んでいる時間なのに。
こんな他愛のない会話がずっと続けばいいな、なんて思ってしまったり。

「……最近、リラが傍にいてくれると、楽しいって思うんだ。」

そのセリフを聞いてすこしきょとんとする。

「私がいて、ですか…?」
「楽しい…を提供できてるんですかね…?」

「うん……楽しいを提供、とかそういう感じじゃなくて……そうだな、いてくれると嬉しい……なのかな。」
「多分、リラがいるところで俺は色んな顔してると思う。それも、リラの影響……なんだと思う。」

「ヤクノジさんにも…わからないことがあるんですね…」
「いろんな表情を見れるの、私は嬉しいので…
よかったら今後も、いろんなヤクノジさんを見てみたいです」

「ああ、分からないことだらけだ。」
「だから、こういう気持ちも……よく分からない。でも、リラが傍にいてくれると嬉しいんだ。駄目か?」

困った様に笑うヤクノジと、また、ふにゃりと笑うリラ。

「やっぱり、ふたりで1人前…ですね」

以前にも言ったこの言葉が、ふたりにはちょうど良い。

「私も……私も、ヤクノジさんと一緒にいると、ぽかぽかして……安心するので…また、隣に座らせてください…」

「ああ、勿論。俺の隣で良ければ。」

また赤くなって、こくりと頷くリラの頬を軽く指で遊ぶヤクノジ。
遊ばれながらもこのやり取りが、なんだか特別な関係に思えてしまいドキドキが強くなってしまう。

「……もう少し話してみたいけど、寝るのが遅くなるな。また今度ゆっくり話を聞きに行っていいか?」

「是非…!」

すこし食い気味に近付きながら言ってしまい、慌てて離れる。
それを見て、またヤクノジはくつくつと笑った。

「ふふ、じゃあ…また明日、ですね」

「……元気だな。」
「ああ、また明日。髪の毛乾かしてから寝るようにな?」

「ふふふ、はい!」

名残惜しそうに、手を振りながら、2階に降りる階段に向かう。
最後、降りる前に振り返って

「おやすみなさい、ヤクノジさん…良い夢を!」

「リラも、良い夢を。」

笑顔でお互いが見えなくなるまで手を振って分かれた。
先ほどまで温かい空間だった廊下は、片方が居なくなった途端に寒い場所になってしまって、さっきまで話していた時間が恋しくなる。
また、起きたら明日、たくさん話そう。
ふたりは、そう心で思って今日を終えるのだ。

これはまだ、ヤクノジとリラが、自身の気持ちに気付く前の些細な出来事。



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トロメニカ・ブルブロさん

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