【#ガーデン・ドール】青は黄と交じる
色々と情報に押しつぶされそうになりながらも、日常を取り戻していた二人の魔法を使った時のお話。
「センセー、ワンズに行く許可をお願いいたします」
「僕も一緒にお願いするよ」
「お二人の申請を受理いたしました」
「ありがとう。これで準備は出来たかな?」
「ありがとうございます。あとはおやつを持てば大丈夫です」
「再度ワンズの森に入る場合は再申請をお願いいたします。」
再度ありがとうと端末のセンセーに向かって声をかけた二人は、最後の準備を終わらせるべくLDKに向かった。これから出掛ける先で食べるのであろうものを作る二人の背には、楽しみがにじみ出ていた。
果物を洗って、作った飴を掛けるだけの簡単なものだが、立派なおやつ。それをお茶と一緒に籠に詰めて、手を繋いで寮を出た。
そうして二人の一つの思い出が始まる。
+++++
先日行った『ひみつのお茶会』の後、約束していた魔法を見せに連れて行ってもらった。
優しい約束を二人で結んでは、開いて笑い合う。そんな日常が、とても眩しく、とても温かい。
そして今日も例にもれず、二人の約束を叶えに秋エリアに来ていた。
本当はウィズ公園の予定だったのだが、フルーツビーストによって占領されてしまっているので変更して入ってすぐのとある場所へ向かう。
辺り一面は黄色や橙で埋め尽くされており、以前季節の石を探しに来た時から元に戻って来ているのだろう。
偶に見かける緑に懐かしさを覚えながらも、落ち葉を踏む感触と音を楽しみながら歩き進めていく。
「ここに来るのも少し久しぶりになりますねぇ」
「そうだね。……あの時はもっとたくさんいたけど、こうやって二人で来ることができて嬉しいよ」
「約束、しましたからね」
笑いながら繋がれた手を引いて、リラは目当ての木の前に誘導する。
その木は立派な幹に黄色い葉をたくさん付けて、悠然と風に揺られている。
時たま落ちてくる葉はひらひらと舞い、無結の花のような花吹雪ではないが、趣のある時間を演出している。
リラは、落ちてきた葉の1枚を手に取り、ヤクノジに渡す。
「私のお気に入りの場所です。ここなら、いろんな魔法を試せる」
「仙翁の木……。リラちゃんは、この木が本当に好きなんだね」
ヤクノジは落ちてきた仙翁の木の葉を受け取り、茎の部分を持ってくるくると回す。
ちらちらと葉の隙間から差し込む日差しの下で黄を魅せるそれを見てから、リラに微笑む。
「じゃあ、ふたりだけの勉強会、はじめちゃおっか」
「ふふ。お互いが先生ですね」
温かい日差しの中、二人だけの勉強会が始まった。
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春エリアとは違う少し湿気を帯びた暖かい風が緩やかに二人の髪をさらさらと揺らし、陽はまだ東の方で輝いていることもあり、木陰に入ると少し肌寒く感じる。
その内暖かくなるだろうと考えながら、リラはヤクノジの前に立ち、落ちてくる葉を数枚取り反射魔法をかけて浮遊魔法でヤクノジの近くに持って行く。
その葉が風の影響を浮けてくるくると回ると日差しを反射してきらきらと輝くように見える。
「まず、イエローには反射魔法、発光魔法、透視魔法、幻視魔法があります。
反射魔法は、今ヤクノジさんの周りに浮いている葉にかけてある通り、物質に鏡の性質を発生させる魔法です。良く見てもらうと分かるんですが、両面に作用する物ではなく片面のみ反映されまして、透明な板に付与すると裏面は真っ黒の光を通さない物が出来上がります」
「へぇ……あ、ほんとだ」
ヤクノジは自身の周りに浮いている中の一つと手に取りまたくるくると回して確認した。
リラは残りの葉を回収してどちらの魔法も解除し、手からはらはらと地に落とすと、その葉は一面に広がる黄と紅の中に溶け込んでいった。
「ヤクノジさんも知っての通り、基本的には時間経過か魔力切れで魔法は解除されます」
ヤクノジは持ったままの葉を真剣に見つめ観察していたが、数分したところで反射は失われて元の葉に戻って行ってしまった。
「次に、発光魔法は……ふふ、ここより適したところで使ったことがありますね」
「そうだね。……あの時はきらきら輝いて、とっても綺麗だった」
ヤクノジからの言葉を聞いて少し照れながらも、リラはやわく全身を発光させる。
笑みをヤクノジに向けると、その姿を見て懐かしそうに微笑み、またデートしようね、と新しい約束を生み出していく。
既に両手に収まりきらない程の約束を交わしているので、計画が必要だな、なんて考えながらも了承して、説明を続ける。
「発光魔法は、使用者の身体にのみ効果があります。光らせられるところは部位によって決められるので、指先だけ、なども可能ですね」
そう言って左手の甲をヤクノジに差し出して、全身からゆっくりと光を弱めていく。
最後に左手、薬指の根本部分だけに光を残してみせる。
ヤクノジはその手を取って、残った光に軽く口づけをする。
「ふふ。リラちゃんは器用だね」
「そんなことないですよ?魔法はイメージが大事、と言いますので、ヤクノジさんでも出来ちゃいます」
「僕は不器用だからなぁ」
軽くウィンクしながら、教えてね?と告げるヤクノジに笑い掛けて勿論、と返す。
手に取られたままの左手を使ってヤクノジを引き寄せて、落ち葉の上をアイススケートの様にはいかないが、くるくると回ってみる。
ただ回っているだけなのでダンスにも満たない行動だが、楽しそうにくすくす、二人分のちいさな笑い声が風に乗せられて消えていった。
少しの間それを楽しみながら、リラはヤクノジを連れて仙翁の木の幹に近付く。
「最後はふたつ、同時に使ってみますね」
そう言って、リラは木の向こうに幻視魔法で自身の幻視を作り、手を丸めて除き穴の様に形を作って幹に当てる。
「ここを覗いてみてください」
「手のところかな?よいしょ、と……」
リラの手筒を覗き込むヤクノジ。
覗き込んだ先では木より少し離れたところで、空中に手筒を作って微笑みながら手を振っているリラが見える。
「わ、リラちゃんがいる!」
「ふふ。向こうに見えているのが、幻視魔法で作った私で、今見えるように覗いているのが、透視魔法です。
幻視魔法は自分の幻、そして本体と同じ動きを行うので、本物の私も今ヤクノジさんの横で同じ動きをしています。」
「これは一人だけしか作れないの?」
「いえ、光を遮らなければ、魔力のある限り無尽蔵に生み出すことが出来ます」
「そうなんだ……たくさんのリラちゃんに囲まれてみたくなっちゃうね」
「ちょっと面白そうですね……?ふふ、それもまた試してみましょうか」
「僕も使えたら、僕とリラちゃんがたくさん作れるね!」
はしゃいだ様に手筒から顔を上げてこちらに笑いかけられて、リラも一層微笑みが深くなる。
透視と幻視の魔法を解除して、リラは疲れた様に一息つく。その顔色は少し悪くも見えた。
魔力質はまだ高いほうだが、リラ自身の魔力量は今いるドールの中でも下から数えた方が遥かに早い。そのこともあって、色々と魔法を試すとすぐに魔力が足りなくなってしまう。
一緒に持ってきていた籠から秋エリアに向かう前に、今日のおやつ用として作ったいちご飴を取り出して食べる。
日持ちしないそれはその日限りにはなってしまうが、飴の甘さといちご自身の甘さが相まって味も触感も楽しめる。そして、微々たる物ではあるが良い魔力補給になるのだ。
もう一つをヤクノジに差し出してみると、少し照れたようにしながらぱくり、と食べてくれた。
「……ん、おいしい。……前のこと思い出しちゃった」
ぱたぱたと思い出して熱くなってしまった顔を冷やそうと手を扇ぎ、ある程度落ち着いたのか、ふぅと一息ついてこちらに向く。
リラは笑いながら、いちご飴をもう一つ手に取って口に入れその感触を楽しんでいる、ヤクノジはリラの手を取り自身に引き寄せた。
されるがまま頭にはてなを浮かべているリラの顔とヤクノジの顔が目と鼻の先まで近付いた事により、これから起こることに思わずリラは目を瞑る。
ヤクノジは閉じられた瞼に軽く口づけをする。左と右で二度。そして最後に首筋に一度。
その行為を受け入れていると、唇が触れたところからふわりと温かい魔力を感じる。
「驚かせてごめんね?リラちゃんはイエローだから、この方が早いかなって」
そう言いながらゆっくり離れたヤクノジの顔には引いたはずの熱が籠ったのか赤くなっていた。
「分配魔法、ですか」
「うん。……初めて使ったけど、この方法が一番イメージしやすかったんだ」
「な、なんだか、胸が…………ふふふ、すごく、どきどきしました」
つられたように赤くなるリラの顔色は先ほどとは違い血色が良くなり、その様子を見てヤクノジも安心したように笑う。
「じゃあ、ここから先は僕が先生だね」
「はい。よろしくお願いします」
そうして、今度はブルークラスの勉強会が始まった。
+++++
ブルークラスはその色の名の通り、水場に関する魔法が多い。
そのこともあって、二人は場所を秋エリアから続いているワンズの森中の川に移そうと木陰を歩く。
最初に居た場所は秋エリアの端近くもあってか、川からは少し離れているため、談笑を交えながらおやつのいちご飴を時折食べ、目的地に向かう。
そして着いたその場所は、既に昇りきった陽が真上からじりじりと暑さを向けているのを木陰から守ってくれるような、先ほどまでとはまた違う風の感じ方をさせてくれるところだった。
「まず、疎水について」
持っていた籠を近くの木の根本に置いて、リラはヤクノジに近付いていき、ヤクノジは説明を続けながら流れている川辺にしゃがみ、手を入れる。
水の流れる音に、ぱしゃぱしゃと跳ねる音が加わる。
「これは、物質に一定時間の疎水性を付与する魔法。今濡れているこの手に掛けてあげれば、簡単に水が弾かれて元通りになる」
水で遊んでいたその手で水を掬い上げるように持ち上げると、手の窪みに沿ってしっかりと水が溜まっている。ゆっくり開いて指の隙間から水が逃げていくも、その手はしっとりと濡れていて、何かで拭かなければ乾くまで時間がかかるだろう。
その手にヤクノジは疎水魔法を掛ける。すると、留まっていた水滴が重力に伴ってするすると下へ垂れていき、みるみる内に手から流れ落ちていった。仕上げとばかりに軽く手を振れば、そこには川に入れる前と同じだが、水でいくらか冷やされたヤクノジの手があった。
リラはその手を触って、感触を確かめている。
「何度見ても凄いですね……いつも髪を乾かしたり、お皿の水気を取ってくれたりするのに使っているものですね」
「そうそう。生活に使えても、戦いだったりにはあんまり使えないんだよねぇ」
「便利なんですけどね~」
二人で笑い合いながら、何度か川に手を入れては軽く振り、それを触って確かめるのを繰り返す。
そうして予め設定した時間が過ぎたのだろう、またヤクノジの手は水に濡れてしっとりした手をふるふると揺らしている。
「切れちゃった」
「籠にタオルがあるので、それで拭きましょうか」
いつもの様にふふふ、とリラが笑いながら、タオルを手渡してそのまま自らの手を川に入れてぱしゃりと濡らして遊ぶ。
その様子にヤクノジも受け取った手と違う手を並んで入れて、二人は向かい合って笑いながらその感触を楽しんだ。
想い人との思い出をゆっくり、刻んでいく。
いくらか遊んだところで、二人はヤクノジの持っているタオルで手を拭き合いながら次の魔法について話す。
「次はどれにしようかなぁ」
「ヤクノジさんの好きなものからで構いませんよ?」
二人の手から水気は拭きとられて、リラがタオルを籠に戻しに行く。
うーん、と悩む素振りをしながらヤクノジは
「じゃあ、これかな。これも何度も見せてるかな?」
言いながらもう水に濡れていない手のひらを上に向けて、その上に3cmほどの水の塊を生成する。
リラはその魔法を見てぱっと表情を明るくした。
「これは水泡魔法。水で満たされた柔らかい玉を作る魔法だよ。
大きさは自分の身体より一回りくらい小さいサイズまでしか作れないけど、純水が作れるんだ。……これの使い道は未だに悩んでいるところかな」
「これは外で喉が乾いたときに便利そうです!」
「でも思いの外魔力のコストは掛かるから、不測の事態での切り札にした方がいいかも知れないね」
何処でも生み出せる水、という響きに少し興奮気味のリラを苦笑しながらコストについて説明をする。
「一番小さいものでも、複数個作ってしまうとそれだけで魔力が無くなっちゃうからね」
「そうなんですね……」
その消費内容は常用としては現実的ではなく、少ししょんぼりとした。
「次なんだけど……」
言い淀みつつ、ヤクノジは籠から籠から大きなシートを取り出す。それは良くピクニックに使われている撥水性のあるレジャーシートだった。
「これは多分、初めて見るんじゃないかな」
そう告げた瞬間、ヤクノジの体は見る見るうちに溶けて液化していった。
その様子に嫌な見覚えのあったリラは思わず悲鳴を上げてヤクノジがいた場所に駆け寄る。
「ヤクノジさん?!そんな、そんな……!どこですか!!??!?」
じんわりとリラの視界が滲み、レジャーシートの上の液体を掬い上げる。
どろりとした触感のそれはリラの指の隙間から下に垂れ落ちて、ぽとんと重い音を響かせる。
その様子を見て最悪なイメージに辿り着いたリラは思わず顔を覆いヤクノジの名を呼ぶ。
顔を覆っていた手を掴まれて、不意に光が差した。
勢いよく顔を上げると、そこにはしょんぼりとバツの悪そうな表情をしたヤクノジが心配そうにこちらを見て、リラの目から溢れた涙を拭おうとしていた。
「ご、ごめんね……?まさかそんなに怯えちゃうとは思わなくて……最初にしっかり説明しておけば良かったね……」
「……っ」
「ほんとに、ごめん……これは、液化魔法って言うんだ」
まほう、とまだ止まらない涙を零しながら呟く。
そして途端に怒りが込み上げてきた。
「最初に!説明してください!!」
その声はこの日一番の大きさだったらしい。
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なんとかして涙は止まったもののリラの怒りは収まらず、この魔法が自分自身の身体を液化する魔法で、付属している小物なども含めて粘度のある水になるものだと説明をする。
最初こそ怒りでぷりぷりと怒っていたリラだったが、まるで叱られた犬が反省しているかのような様子のヤクノジを見て
「……次やるときは、ちゃんと使うって言ってくださいね?」
「……!うん、使う時はちゃんと伝える!!」
ぱぁ、と輝くその表情に絆されて最後には許した。
そして休憩と称して持ってきたお茶とおやつで束の間のティータイムを楽しんだのだった。
そうこうしている内に空高く昇っていた日は傾き、辺りがより一層紅を深めていく。
二人は広げていた荷物を籠に仕舞い、帰り支度を済ませると川に近付く。
「ブルーの魔法最後は歩行魔法。リラちゃん」
その呼びかけに応じてヤクノジに近付くと、ちょっとごめんね、と断りの後姫抱きをされる。
荷物を落とさないように抱えているため、普段より重いことを気にしてヤクノジの顔をちらちらと見ても、当の本人は嬉しそうな表情で魔法の説明をしている。
「歩行魔法は水面を歩くことが出来る魔法。効果範囲は自分自身なんだけど、こうやって抱っこやおんぶをしていれば、一緒に川を渡ることも可能だよ」
「便利ですね……、あの、重くないですか?」
「ん、全然軽いよ?」
「なら良いん、でしょうか?」
そうして二人は川を渡り切り、リラは地面に降ろしてもらう。その際見えたヤクノジの表情は少し悪く、前半のリラと同じく魔法を多用したせいだろうと考えられた。
リラは持っていた籠を一度地面に置き、ヤクノジの後ろに回り込むとぎゅっと抱き着き、そのまま羽の生えている付け根に口づけた。ヤクノジはいきなりのことに驚きつつも、じんわりと暖かくなる身体に、それがリラにも施した分配魔法だと気付く。
付け根から顔を上げて、片手で髪を上げ露わになった項にがぶりと噛みつく。
「はぇ!?リ、リラちゃん??!!」
びっくりした声を上げつつも、抱き着かれているせいで身動きの取れないヤクノジ。
その様子に満足したのか、リラは籠を拾い上げて走って逃げる。
少し進んだ先で振り返り、項を押さえて固まっているヤクノジに向かって、べ、と舌を出して
「さっきのお返しです!!」
と言って笑って走っていく。
その様子を見つつも考えがまとまらないままのヤクノジだったが、次第に小さくなっていく姿に流石に焦って
「ま、待ってよ!」
と走ってその背を追いかけたのだった。
金と新緑の交わる場所で、また一つ大切な思い出が出来た一日だった。
【主催/企画運営】
トロメニカ・ブルブロさん
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