【#ガーデン・ドール】想いは恋に
恋ってなんだろう。
愛ってなんだろう。
この気持ちって、なんだろう。
+++++
2月17日の夜。
私は自室にて、その人物が来るのをそわそわと待っていた。
無造作にマットの上に散らばっていた本を、部屋の隅に積み重ねて空間を作る。
凡そ片付けと呼べるようなものではないが、動いていないと落ち着かない…心のもやもやを晴らすように。
「…どう、聞こうかな………」
その言葉に重なるように扉がノックされる。
慌てて開けに行くと、待ち望んだドールが穏やかな表情で立っていた。
緊張からか、いつもよりかくかくと部屋の中に案内し、部屋の真ん中正座して待つ。
「……突然呼び出されたわけだけど……どうしたの?」
「いきなりすみません…えと、ですね………ククツミさんに、ききたいことが、ありまして…」
「……ふふ。正座なんだ」
首を傾げながら部屋に入り、私の様子をみてくすりと笑いながら隣に座る。
私とは違い、のんびりゆったりとしたそんな雰囲気に、すこし緊張が解ける。
本を汚さないように足は入口で脱ぐようにしてる、と違う話でもっと緊張を紛らわせられないかと試すが、失敗に終わる。
「……前は、私の部屋に来てくれたね」
「そ、うでしたね………ふふふ、あの時とは逆になりましたね…」
ふわふわと笑うククツミさんの笑顔につられて、また張り詰めた気は解けていく。
「……それで、今日はなんのご相談?」
「単刀直入に、お聞きします」
ゆっくり瞬きひとつ、覚悟を決めろ、私。
「………ククツミ、さん…好きって、どんな感じですか…?」
鳩が豆鉄砲を食ったように、ぱちくり。
照れている訳ではないその様子を真剣に見つめる。
「そっか。うん……。そうだなぁ……」
「……隣にいたい。隣にいてほしい。……大切にしたい。大切にしてほしい。……ふと、その誰かの顔を思い出す。……実際に会ってみると、なんだか目を合わせられないんだけどね」
恥ずかしくて…と言葉を続けながら、ほんのり顔に朱を宿す目の前のドール。
たぶん、こういうところもナハトさんは惹かれたんだろうな、なんて関係ないことを考えながら、一言一言を自分の中に落とし込んで。
「………となり…大切……ふと思い出す………」
口に出すつもりがなくても、反復するように言葉になってしまう。
連想されるように思い出すのは新緑の瞳で、顔に熱が集まる。
「これは、ちゃんとした回答になっているのかな?」
すこし困ったような表情で、ふわふわ笑うククツミさん。
「あとは……誰にも奪われたくない。とか」
「……隣に、誰かが居るのを想像したら。……なんだかね。……私が、そこがいい、って。ワガママだなぁ、って思うよ」
「……それも、特別に向ける普通なんじゃないかって。教えてくれた子が居たよ」
そういいながら、後ろに両手を着けて、足を前に伸ばすように投げ出して座りなおす。
「……好き。って、なんだろね」
変わらず困ったような表情のククツミさん。
火照った顔を覚ますようにぱたぱたと手を振りながら、教えてくれた言葉をしっかり受け取って、私は答える。
「ちゃんと、回答になってます…」
正座していた足を崩して、膝の上に頭を乗せる。
「好きって、難しい…ですね…」
ふたりは沈黙して。
少ししてから、私は口を開く。
「………今、ずっと気になってる、人がいまして」
「…気付けば、目で追ってしまったり……その人に対して、何かしてあげたいな、と想ったりします………」
「一緒に、いたい、とも思います…」
「でも、これはどの子に対しても思う時があって…その人には…触れてもらいたい、し、触れ、たいとも、思います…」
「……たくさん、お話をしたい、んです」
すぅ、はぁ。
「…これは…ククツミさんと同じ、好き…の感情ですか?」
思考がまとまらず、良くわからない感情がぐるぐるとしている。
その様子を瞳をぱちぱちとしながら、ククツミさんは眺めている。
「……んー。んー……。どきどき、する?」
「どきどき、します…どきどきしてちゃんと喋れなくなっちゃいます…」
「……ふふ、それは……好き、とか。んー……恋、とか。愛、かも、ね?」
その言葉を聞いて、顔にまた熱が籠る。
「好き、恋、愛………!」
「……おーい?」
呆然としていると、目の前で手をひらひらとさせてこちらを心配するククツミさん。
「はっ!?」
「ふふ、おかえり。……変わったのかと思った」
「これが……すき…」
「なんか、こう。自覚すると、変な感じするよね」
「……暑い、ってなる…」
まだふわふわとしながら、顔に手を当てる。
頬は熱を帯びて温かい。
「これが…恋……」
「う、ん…」
「……ふふ、ククツミさんも、これ、なったんだなぁ…」
「……んむ……」
ククツミさんにふふ、と笑いかけると目を逸らしながらも否定はしない。
その耳は少し赤くなっており、私はまた笑い声が漏れてしまう。
これが、幸せかぁ。と。
それを堪能しようとしていると、ずきり。
「……リラくんが、それを……自覚したら……」
「……なんでも、ないよ」
なにかをぽそり、と呟いていたが、その言葉は私には届かず。ずきり。
「…ククツミさん、こうたいしても、だいじょうぶですか?」
「あの、珍しいんですけど…なにか…」
ここまで言って、私は目を閉じる。
「……いいよ。おいで」
優しく、声が聞こえる。
「おいで、レオくん」
ここで私は暗転する。
+++++
「……なんか、すまん」
ゆっくりと目を開けながら、ククツミを見る。
…いつから俺はワガママなったのか。
そんなことを考えていると、ククツミが抱きついてきた。
「……。消えちゃったかと思った」
思わず、と言ったようにかけられた言葉に俺は嗤いながら受け止める。
「はっ……まだ、消えねぇよ」
「…いつか来るかと思ってたんだ」
ぽつりとこぼす。
「……リラくんが、気づくこと?」
「……必要で、なくなること?」
ククツミの手が、俺の頭を優しく撫でる。
「あぁ……」
「……必要…はまぁ、元々俺はリラから生まれたもんだからな…」
「……壊したい?」
その言葉は俺の本心を突く。
「はは、やっぱお前は……そうだよな…」
「……似た物同士、でしょ?」
ふわふわとククツミは笑う。
…俺は、力強く抱きしめる。
「…もともと俺は生まれる予定じゃなかったんだ」
「リラが、思い出して……このまま、忘れたままでいればいいと思っていたのに、思い出しちまって」
「ゼロにも、ヒャクにもなれない、破壊の象徴」
言葉に詰まる。
「……。ねぇ、あれ、この部屋にある?」
以前預かった"もの"
「もう、いいのか?」
「……せっかくだからね」
そう言って離れるククツミ。
俺は、置いてある鍵のついた棚に向かい、それを取りだして、ククツミに渡す。
「…相棒に怒られないようにな」
「……ふふ、そうだね。ありがとう」
「……うん、中身も入ってる」
それを左手に持ち、軽く腕まくりをする。
「……さて、と」
ひゅっ、と。
俺目掛けて切り掛かってくるその腕を、手首を掴んで止める。
「…鈍ったな」
「……んー、やっぱり久しぶりだとね」
ククツミはにこにことしながら。
「……ほら、やっぱり」
「……きみは、守るためにも居るんでしょう?」
それを聞いて、俺は薄く笑みを浮かべる。
「リラには、荷が重いからな」
「まぁ……なんつーか、なぁ」
「俺も、あいつなら、託してもいいか…と思い始めてはいるんだ」
「……へぇ?」
「……そんな風に思える子なんだ」
俺が返した"それ"を仕舞いながら言われた言葉に、違和感を憶える。
…コイツなら気付いていると思っていたんだが。
「……さてはお前、相手が誰か気付いてないな?」
「私に分かるとでも?」
「っはは!」
「まぁ…俺からは出さねぇから、せいぜい当ててみな」
開き直るように言われて、思わず声を上げて笑ってしまった。
そうだ、コイツはそういうやつだった。
「はぁ、スッキリした」
「…たぶんこれから俺が出てくる機会は少なく…なるんだろうが…」
「本当は、あいつに言うべきなんだろうが」
そう言って、一度伸びをしてククツミに近付いて、琥珀色の瞳を見つめる。
「ククツミ。………リラをよろしくな」
頭をぽん、と一度撫でて、目を閉じる。
あとは、アイツに。隣に立つであろうアイツに。
…気は進まないが、任せるしかない。
それを選ぶのはリラの意志だろうから。
+++++
目を開けると、ククツミさんがすごく不服そうな表情で私に頭を撫でられていた。
「……お話、できましたか?」
「……あいつ、言うだけ言って戻ってった」
ぷくり、と頬を膨らましそうな顔で、文句を言うククツミさんが可愛らしくて、つい笑みが漏れてしまう。
「ふふふ、…ごめんなさい?」
そう言いながら撫で続けていると、優しく、抱きついてくる。
「……好き、ってね。嬉しくて、幸せで、楽しくて。……とても、怖いんだ」
「……うん」
「苦しくて、つらくて、泣き出しそうになる時もあるんだ。……でも、好きなんだ」
「……うんうん」
「……だから、好き、の通りに……動いてみるしかないんだ」
「それが……好きっていう感情。私は……そう思ってるよ」
「好きの通りに、動く…」
私から離れて、ククツミさんは、私に問う。
「……今、リラくんは。なにをしたい?」
「…私は……あの人の、隣で…あの人の傍にいたい…です」
思い出すのは、隣で笑ってくれるあのドールで。
「……やっぱ聞けばよかった」(ボソっと呟いて)
ククツミさんがぼそっと呟いた一言は、私には届かず。
レオが少し、笑った気がした。
「……向こうも、おんなじ気持ちだったらいいね」
「向こう…も…」
そういわれて、また顔が熱くなる。
「……とりあえず、今は遅いから、ね?」
また違う世界に入り込もうとした私を、ククツミさんが現実に引き戻してくれる。
「あっもうこんな時間…?!」
「すみません、遅くまで……」
「大丈夫だよ、まず来た時点でもだいぶ遅い時間だったし」
「そ、それは…そうでしたね…」
「もう無さそうなら帰るけど……どうする?おすすめの本でも見せてもらう?」
「わ、たしは…はい、もう…大丈夫です、わかります…」
「……ふふ。今日はお開きかな。またね」
何かを察してなのか、あとはがんばれ、と応援されているような雰囲気を感じながら、靴を履いて帰る準備をするククツミさんを見送る為に近付いていく。
「……そうだ。……触れたい、って……なんだろう……そこにいることを、確かめたいから?」
「触れたい…のは、温もり…そうですね、そこにいるのを確かめたいから…ですね」
「いなくなってしまうと、温もり、なくなってしまうので……」
「ぬくもり、かぁ……」
靴を履き終えて、伸びてきた手が私の頬を優しく包む。
「むぇ」
「……ふふ、あったかい」
そう言って、もう一度抱きしめられる。
「大丈夫。……怖くない、怖くない」
おまじないのように響く、ククツミさんの声と、その温かさを私は享受する。
「ん、…ありがとうございます…」
「じゃあ、またね」
「はい、また…!」
私から離れて笑顔でひらひらと手を振るククツミさんを見送る。
そうして、私の想いは『恋』になった。
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