【#ガーデン・ドール】改めて、あなたをIする恋をする。
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上記作品の続きです。
最終ミッションの内容を含みますので、お気を付けください。
胸にぽっかりと穴が開いたような感覚を覚えるが、それは一瞬のことで。
呼吸をしてみると、上下するその感覚にほっとする。
暗い何もない世界にひとり。
周りを見回してもなにも無く、ただ闇が広がっているだけだが、不思議と不安はなく、むしろ心は満たされてぽかぽかと温かい。
静かにとくん、とくん、と聞こえる誰かの音に耳をすませば、それは段々と遠のいていった。
しばらくすると、ふわり。
明るい光が私の元にやってきて、ついてこいとばかりに誘導を始める。
いくらか暗闇を進んでいると、何かが寄り添うような温かさと近付いてくる心音。
『リラ』
良く知った落ち着いた声色で、私を呼ぶ誰か。
…私の大好きな、深緑の瞳を持つドール。
気付けば、体はふわふわとしていて輪郭はなく。
代わりに膨大な情報が流れ込んでくる。
そうして、私はまた、産声を上げる。
+++++
目を開くと、自室のベッドだった。
痛む頭は、おそらく知りすぎた情報のせいだろうと無視をして、体を起こす。
「いま、何時ぃ…?」
窓の外は既に朝日が登っているが、一体どのくらい寝ていたのか。
サイドテーブル代わりにしている棚に置いてあった端末を見ると、3月27日の日付。
たしか僕たちが気持ちを伝えあったのが25日の夜。
その後に、おそらく行動をしたのだろうが、記憶がすっぽりと抜けている。
…大事な、やり取りをしたかもしれない記憶が。
なんで忘れてしまうのか。
痛む頭を片手でぐしゃりと乱雑に掴みながら思い返すのは、照れながらも想いを伝えてくれたヤクノジさんの姿。
「…あいたい、なぁ」
そう呟いてから数秒。
聞こえたのは、ヤクノジさんの声ではなく、無機質なセンセーからの通達だった。
「最終ミッションが達成されました。
ここまで辿り着いたキミにガーデンから選択肢を与えます。
キミが選べる未来は4つ。
ひとつ目、ガーデンから卒業できます。
ふたつ目、キミが人格コアを奪った相手の人格を復元できます。
みっつ目、それ以外にキミが望むことがあれば叶えることができます。
よっつ目、何も選ばないことができます。
それでは、キミが選ぶ未来を教えてください」
また、ぐしゃりと髪を乱す。
起きて、膨大な量の情報を与えるだけ与えて、考える暇を与えず、さぁ選べ、と。
今すぐ目の前のタブレットを掴んで、力の限りぐちゃぐちゃにしてやろうか、と物騒な考えを抱きながら、どうしたものかと考える。
僕のせいで今、目を覚ましているのか、まだ眠っているのかも分からない、彼が気になる。
ただ、それと同じく、■■が気になる。
ヤクノジさんが、僕に向かって"I"の話をしたあの日から。
正確には、あの通知を見た時から。
一切、反応がない。
でもどう思っているかは、分かる。
僕は俺で、俺は僕だから。
胸でとくとく、とリズムを刻むコアの部分に手を置く。
「…僕は、大丈夫」
僕には、これから先、ヤクノジさんが居てくれる。
もしかしたら、以前のヤクノジさんでは無くなってしまっているかもしれない。
目覚めたヤクノジさんは、僕を選んでくれないかもしれない。
そんな考えは僕の中で不安には分類されない。
そんなものは僕にとって関係のないことだから。
どんなあなたでも、僕は受け入れる。
どんなあなたでも、僕はまた恋をする。
好きだと。愛していると何度でも伝える。
たとえ僕を忘れてしまっていたとしても、また0からはじめることになったとしても。
見た目が変わっても、性格が変わってしまっても、根本は変わらない。
あなたのその優しさを。意志を。
僕に、愛を教えてくれたヤクノジさんの記録を。
互いの罪は、誰にも知らせない。
僕とヤクノジさんだけが、僕たちふたりの愛を知っていればいい。
例え神様でも、この事実を変えることはできない。
でも、■■は?
ずっと僕を護ってくれていた、■■は?
僕が何をしてあげた?
■■はなにをしたい?
僕の根っこから生まれた、■■は。
いや。
僕と俺は。
本当は、ずっとずっと助けたかった。
でも先に助けているのは僕じゃなくて、俺で。
でも、体があるのは、僕で。
いつか考えたことがある。
『もしも、僕の体がふたつあったなら』
わずかな希望を賭けて、センセーを見つめる。
ヤクノジさん、ごめんなさい。
最後まで我儘な僕を、最後くらい我儘な俺を。
「…僕の中の…」
「リラの中にある、"■■"の人格を分離して」
「………ドールとして生み出して」
これが、僕と俺の選択肢。
これが、僕と俺の別れ。
数秒の沈黙のあと、無機質にセンセーは答える。
「分かりました。リラの別人格を分離させ、新しいドールとして生成します」
淡々と告げ、ふらふらと部屋から出ていくセンセー。
その後ろ姿を見届けることなく、僕の意識はゆっくり遠退いて。
最後はベッドに倒れ込み、目を閉じた。
+++++
どのくらい意識を失っていたのだろうか。
先ほどまで明るかったはずの自室は、既に真っ暗になっていた。
数日前からカーテンは開けられたままで、窓の外から入る光はあの夜と同じ月の光。
その光を受けてテディの足元にある本の上に、"プレゼント"があることを知った。
「………回収されないんですね」
だるさの残る体をゆっくりと起こして、月を眺めながら記憶の整理をする。
25日の夜。
作り過ぎた生春巻きのサラダとコーヒーゼリーを食べて、部屋で編み物をした。
…憶えている。
『俺のコアを、もらってくれないか』と、告げられた。
…憶えている。
『私のコアを、あなたに捧げます』と、告げた。
…憶えている。
ふたりで、ひとつだと。
はじめて知った、"I"を私は憶えている。
ただ、その後。
どうやってお互いのコアを飲んだのか。
その記憶だけがすっぽりと抜けてしまっている。
思い出そうとしても、まったく、憶えていない。
ヤクノジさんは、どうなったのだろうか。
唇に指を添えて輪郭をなぞる。
「…約束、憶えてますよ。ヤクノジさん」
甘い匂いと、鉄の錆びた匂いが交った香りがした気がした。
+++++
どこからどこまで忘れてしまっているのか、ゆっくりと思い出そうと考えて、月を見る。
まだ、頭はぼーっとしているような気がして、瞬きを繰り返す。
そこに軽いノックの音が響く。
「……リラちゃん」
いつもより、すこし控えめな声で呼ばれた瞬間。
「………ヤクノジ、さんですか?」
「うん。えーっと……僕も、ヤクノジ……ってことになるのかな?」
私の選択が叶ってしまったのだと気付いた。
ちくりと、すこしの痛み。
「…あぁ……私の、せいですね…」
「……そうじゃないよ」
その一言に首を振って否定するヤクノジさん。
私はそれを見ながら、同じように首を振る。
「私が…私とあの子が……我儘を選んでしまったから…」
ヤクノジさんはじっと聞いている。
望みはあった。
もしかしたら前のヤクノジさんのままで起きてくれるんじゃないか、と。
どんなヤクノジさんでも私は受け入れられる。
でも、そこに本人の意思はない。
「………助けたかったんです、あの子を…あの子が想っているドールを…」
ふわふわと笑ってくれたあの子を、からころと笑う、あの子を。
言葉をどうにか紡ぎながら、視界が潤む。
そんな私の両手を優しく握って、あなたは微笑む。
「……リラちゃんが、どうにか叶えたいってことだったなら。僕はそれを誇るよ。大好きなリラちゃんが選び取ったことだから」
優しく、穏やかに。
前も今も、関係ない。
私のすべてを見て、すべてを優しく許してくれる。
そんなあなたに私は恋をした。
「…ただ、どんなに変わってしまったとしても、心は変わらない」
「前のヤクノジさんも、今のヤクノジさんも変わりません」
「……見た目が変わろうと、性格が変わろうと、大事なところは、一切変わらない」
「…優しくて…かっこよくて…誰かを守って…支えようとしてくれる」
瞬きをしても、もう誰の声も聞こえない。
ただ、ぽろりと、涙が零れた。
「へなちょこになったっていいです。嫌なことから目を背けてもいいです」
「………どんなに貴方が変わってしまっても、私に愛を…この気持ちを教えてくれた貴方を」
「愛しています」
ぽろぽろと感情の赴くままに、言葉を告げる。
気付けば目の前にいるヤクノジさんは、頬を染めて愛しいと、瞳で訴えていた。
「……ありがとう」
その言葉で私は救われてしまうのだ。
自分勝手な我儘を、許されてしまう。
こんな私でもいいと、求めてくれる存在に。
ただ、愛が溢れて止まらない。
ゆっくりと、ヤクノジさんが近付いてくる。
目を閉じたすこし後。
唇に感じる、温もり。
まるで、本で読んだお姫様と王子様のような。
「25日の約束……駄目だったかな?」
こてんと真っ赤な顔をして、首を傾げているヤクノジさんが、溜まらなく愛しい。
言葉にはできなくても、こうやって行動で示してくれる彼は、変わらない。
「ああ、恥ずかしい。僕……キザだよねえ、それとも……いっぱいいっぱいだったのかな」
陰鬱とした考えなんて、目の前の幸福に比べたら、どうにでもなると思ってしまう。
…我儘で、自己的に動いてしまって、後悔はすこし、あるけれど。
「ふふ…いっぱいいっぱいでも…いいんです、………そんなあなたを、私は誰よりも愛しています」
まだ私たちは、始まりに立ったに過ぎない。
今まで過ごした事実がなくなることはない。
そして、これからもその道は続いていく。
分からないことだらけだけど、これで良かったのだと。
ふたりして笑う未来に。
「これからもよろしくね、リラちゃん」
「はい、ふふ…よろしくお願いします」
さあ、愛を育もう。
ワガママを認め合った二人で。
ワガママを委ね合った二人で。
罪を与え合って。
自分を託し合って。
しかしそれを幸せとした。
思い出したことも、知らなければ良かったと思うことも、今は隅に置いて。
ガーデンの記憶も、自分たちの存在も、何もかも信じられないけれど。
自分達は、自分以上に手に入れたいお互いをこうして手に入れた。
これでいい。
周りからなんと言われても。
これでいい。
それに例え意味がなくとも。
自分とヤクノジが選び取った選択を、リラは誇る。
今はいない「■■」も、これからの「リラ」も。
さあ、今度こそ恋を始めよう。
SpecialThanks『ヤクノジ』
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【主催/企画運営】
トロメニカ・ブルブロさん
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