【#ガーデン・ドール】はじめまして、私のIするひと
!注意!
最終ミッションの内容を含みますので、お気を付けください
「俺のコアを、もらってくれないか」
その言葉は、ぽっかり欠けてしまった部分に寄り添うように。
無くなったものが埋まることはないけれど。
その言葉は、私に"I"を教えてくれた。
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慌ただしく季節の石を探し、雪に包まれていたはずのガーデンは、穏やかさを取り戻そうとしている。
とは言っても、まだ気温は寒く窓の外には雪がちらついていた。
3月25日。満月の日の夜。
ふたりの人形が、ゆったりと過ぎる時間に身を委ねあっていた。
「俺のコアを、もらってくれないか」
まるで、そこまで散歩しないか?と問いかけるような、軽やかなお願い。
私の瞳はゆっくりと大きく、瞬きをいくつか繰り返す。
「それで、リラのコアを俺にくれ。」
ぽつぽつと、雨の様に自分の心を言葉にするヤクノジさんを見つめる。
「…………みんなそうなんだろ?誰かのコアを、傷つけたくないドールのコアを飲めと言われていて」
「……もしも、それが出来ればご褒美が与えられる。欠けたものをなんとやら、って」
私より一回りおおきな手に握られたかぎ針は、膝の上でじっと動かず、網目のすこし不格好なコースターも編みかけのままだ。
かくいう私の手元も、問いかけを貰ってから膝の上で編んでいたものはくたり、と力なく乗っているのだが。
コアが無くなれば、活動は止まる。それはドールたちの共通認識で。
死という概念があるとするならば、それはドールたちの死で。
いわば、俺を殺して、俺のために死んでくれと、言っているようなもの。
通常のドールならば、何故、と。不快感が募るのだろうが、それはない。
ガーデンからの通知で知らされているのは『自分が傷付けたくないドールのコア』を飲め。
まるで、お互いを傷つけあえと示されているようなものではあるが、裏を返せば、お互いを大切に思っていないと出来ないこと。
ヤクノジさんは、ふぅ、とひとつ息を吐いて、続ける。
「……欠けたものは、正直どうでもいいんだ。」
「ただ……リラのコアが誰かに渡ってしまうのが、嫌だと思ってな」
すこし照れながらも、ゆっくりと。
私に向かって、言葉をかける。
まぎれもない、執着の言葉を。
「リラのコアを誰にも渡したくない。リラのコアが欲しい。リラのコアを俺に、預けて欲しい。その代わりにはならないだろうが、俺は俺のコアをリラに差し出す。」
「……駄目な話だとは思うんだよ、ロクでもない話なんだから」
自分以外に奪われたくないと、それを俺にくれと。
私がずっと隣で笑っていてほしいあなたに伝えられるなんて。
こんなにも嬉しいことがあるのだろうか!
思わず、自身の胸の、ちょうどコアのある部分に手を当てて
「私のコアを、あなたに捧げます」
「私の小さな幸福の中で、一等傷付けたくなくて、誰にも渡したくない、あなたに」
「欠けたもののためじゃない。あなたに求められたから………私もあなたが欲しいと願うから」
しっかりと新緑の瞳を捉えて。
目の前のドールに、私の欲望をぶつける。
「私をあなたにあげるので、あなたを私にください」
ヤクノジさんから貰った言葉は、私の中できらきらと光る、宝物のようで。
今まで貰った何よりも輝いているように思えて。
悲しくも苦しくもないはずなのに、視界が潤んで思わず目を閉じる。
あぁ、これが。なんという愛おしさ。
ゆっくりと近付いて、私の額にキスをひとつ。
「今はここで。……コアを飲んでも俺を選んでくれるなら、その時には唇にさせて欲しい」
本でしか読んだことのない、特別なことを、特別に想っている人から贈られる幸福。
私はこくり、と頷きだけでしか返事ができなかった。
そして、琥珀色と薄紫色の瞳でじっとヤクノジさんを見つめる。
「もう少し、このままでいよう。二人ともどうなるか分からないし」
「コア飲んだら、何か変わっちまうのかな」
「リラのことを、ガーデンの皆のことを……忘れるとかは困るんだよな」
そう言ってすこし不安げになっているヤクノジさんの肩に、ぽすりと寄りかかる。
まだ、恋を知らなかったあの夜に、初めてふたりで過ごした夜の温かさを変わらず感じる。
「……コアが無くなって、私が私でなくなるとしても…」
「私はまた…あなたに恋します。みなさんと笑いあえます」
「だから、心配なんて要らないんです」
そっと寄り添い返してくれる、ヤクノジさんの重みを受け入れる。
「……ありがとう、リラ」
その言葉のあとは、静かに、密やかに。
お互いこれが最後になってしまうかもしれない、と。
ただ、静寂の中で温もりを確かめあう。
窓から覗く外は、雪が降り、丸い黄金が輝く。
その柔らかな光が、部屋に差し込んでふたりを照らしていた。
SpecialThanks 『ヤクノジ』
#ガーデン・ドール
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【主催/企画運営】
トロメニカ・ブルブロさん
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