エゴの仕返し
暗闇を浮かび上がらせる街灯。
沢山の人と車が行き交う大通りの真ん中で、女が腰をくねらせこちらに近づいてくる。腕に絡みつきよがる素振りを見せたかと思えば、スカートを捲り上げ、自らの秘境に少女の手をあてがった。
駄目だ。止まれ。止まれ。止まれ。
体内に己以外の生命を宿す母は誇り高きものであって、穢れなきものであって、神秘的なものであって……それから。それから。
ゴミ収集車の軽快なメロディーが聞こえ、少女はふと、頬杖をつき目を見開いている自分自身に気がついた。スマホをタップするとデジタル文字は11:02を表示している。
どうやら白昼夢を見ていたらしい。
死臭のようなすえた臭いは、はめ殺し窓を通り越して嗅ぎ取った外の臭いか、それとも自分が放つ何かなのか。
におわなくていいものがにおい、見なくていいものを見てしまう不遇さを、少女は持て余し舌で転がす。
それでも収まらぬ口内の異常な渇きをどうにかしようと洗面所へ急いだ。口を何度か嗽ぎ、歯ブラシを手に取る。
ホテルの一件以来、少女は母と連絡を取っていない。女たるもの、母親になった瞬間恋とは決別し、子供や家のため愛を注ぐ生き物になるべきーーそんな貧しい考えをする自分ではない。ましてや弁明など望んじゃいない。だがどうもあの態度は解せないのだ。
力任せに右手を動かせば、濡れた歯の表面をブラシが滑る。呑み下せない不満が隙間から零れ落ちてゆく。
改めて鏡に映る自分の顔と向き合うと、14にも関わらずゴルゴ線がくっきりとあった。試しに手で銃の形を作りバーンと打ち鳴らしてみる。虚無感が一層濃くなるばかりで、少女は肩を落とした。
ぐちゅぐちゅ、ぺっ。
ぐちゅぐちゅ、ぺっ。
ぐちゅぐちゅ、ぺっ。
シャーーー。
手の水滴を振払い、引っかけただけのスリッパにつんのめりそうになりながら、玄関の覗き穴を覗く。
鍵を回す、戻す。覗く。
目新しい景色があるはずもなく、舌打ちする。
電気を消す、つける、また消す。
換気扇をつける、消す。
冷蔵庫を開ける、閉める。
いくつかの無意味な行動を繰り返し、少女は折りたたみ式のソファベッドに勢いよくうつ伏せになった。ギシィ……と音を立ててスプリングが軋む。
他の人はどんな土曜日を過ごしているのだろう。少女は世間に興味のないふりをしつつ、誰よりもそういうことに想いを巡らすタチだった。
1人でゆったり過ごす者。大事な誰かと過ごす者。大事な誰かに別れを告げられ暴れ出す者。それでもいい、と少女は思う。出来事の渦中に身を置き、そこに悲しみを見出せる力は凄まじい。 少女は随分前にその力を放棄した。心が揺れ動かぬよう、小さな胸に押しピンを食い込ませる作業のみに集中した。全てを諦め切った様子はまるで、間引きという名目で咲く前に摘まれた花のようだった。
身体を反転させ、天井を仰ぎ見る。手足の先までピンと伸ばし、呼吸を整える。
少女はおかしくなりたかった。我を忘れ、剥き出しの母のように『変』になりたかった。『選ばれた変』になりたかった。
もしかしたら普通もいいかもしれない。普通にも憧れた。とにかく『ただの変』で終わらせるわけにはいかなかった。
妖精、というイカれた名前に反して、自分を救うおまじないすら知らないけれど。
ハマショーの『MONEY』がすきです。