君は今幸せにやってるかい
賞味期限ギリギリの牛乳の余りを沸騰させてシーフードヌードルに注ぐ。
空になった雪平鍋をそのまま重しにし、待つこと3分。
考えていた。アイツについて。
歴代の恋人たちを並べて標本にしたら、
蛍光色のラインが入ったパーカーを着たアイツが必ず悪目立ちする。
社会人2年目、24の時の彼だ。
「これ全部、僕の映像なんだ」
家にお邪魔した際、恭しく差し出された夥しい数のDVD-ROM。
彼はテレビに映り込むことを趣味にしていた。
1つ1つ丁寧に日付、番組名、出演開始の分数が書き込まれラベリングされていた。
お天気ニュースの背景に街頭インタビュー、観覧者参加型トークなど多岐に渡り、彼によればこれは大切な日々の「記録」らしかった。
それならば単なる日記で良いだろうと思いつつ、はたまた幼少期のビデオ撮影が全くなかったがゆえの行動かと両親との複雑な関係を疑ってみるも、その線はかなり薄かった。
「撮影してそうな場所に僕が行くことによって、助かる人もいるんだ」
ネタ提供者としての自負といったところか。彼は世にも珍しい形で承認欲求を満たしていた。そもそも家にWiFiがなく、SNSとの距離は遠かった。
なぜ付き合うに至ったか。
出会いは表参道にある洒落たジムである。
周りのスレンダーボディーに圧倒されていた
私が見つけた、まるで杏仁豆腐のような彼。
砂漠で1こぶラクダと2こぶラクダを同時に見つけたほどの感動を覚えた。仲間がいた、と。
この荒野を駆け抜けるにはタッグを組むしかないと思い私から話しかけた。
「よく来られるんですか?」
「いえ、今日が初めてで」
「奇遇ですね。私もです」
奇遇ですね、などという台詞じみた言葉はこの時人生で初めて使った。
「あの機械どうやって使うんですかね?」
「いやあ、足挟みそうで怖い……」
「あ、あの人がやるとこ見ときましょ」
「おぉぅ、あれが正解か」
初心者丸出しの2人。
帰りは疲労を回復しようと、運動が無駄になるほど大量の餃子を食べた。お椀に乗った変な形のエビチリも食べた。
ウルフルズ、ユーミン、サザン、WANDS、ラヴイズオーバーのカバー……完璧な選曲の店内で酒を酌み交わす。
一期一会。
今日だけの関係と思っていたが、それが1日、また1日と延び、良い友人を経て私たちは恋人になった。
彼はとにかくお金を使いたがらない性分だった。
デートはもっぱら渋谷の巨大な東急ハンズ内をあてもなく歩き回るコースで、稀に羽田空港で大空に羽ばたく飛行機を見送るコースや家で彼が作ったトークテーマトランプに沿って小噺を披露するコースが加わった。
「ねーねー、もっとほかにどっか良いとこいこうよ」
「どっかってどこよ」
「どっかはどっかよ」
「じゃあどっかだな。よっしゃ行くか」
彼といると、脳みそを動かさずに喋る癖がついた。
「お前も、お前も、お前も、お前も、血管にうごめくひとつの細胞に過ぎないんだよ。上も下もねえっ。だから偉そうにすんな」
ある昼下がり、優良台をパチスロ集団に奪われそうになった時放った彼の名言。
もっとこれ以外に適切な場面があっただろうに。
いつもゴミ袋のような薄っぺらいシャカシャカの上着を見に纏っていた。
今頃、野垂れ死んでいないだろうか。
元気にテレビ荒らしをしていたとしても、テレビを持っていない私は確かめる術がない。
心底どうでもいいのだけれど。
ハマショーの『MONEY』がすきです。