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矢沢あいの世界に閉じ込めたくなるオンナ

小5の時、神戸に住む叔母に会うために初めて1人で新幹線に乗った。
新横浜-新神戸間の、のぞみ。
当時の私からすれば大冒険だった。
チケットの番号通り2人席の窓側に座る。
最初はじっとしていたけど、どうせなら楽しまなくちゃと売店で買ったちびまる子ちゃんを読み始めてニヤニヤしていた。
ちゃおはデカくて鞄に入らなかった。
上の荷物棚にはピンクとイエローの派手なギンガムチェックキャリーケースがあったけど、隣の席は空いたままだった。

名古屋から京都の間くらいに女の人が隣に来た。おそらく荷物の持ち主だった。
席に着く瞬間、ふわっと、シュガートーストみたいな、キャラメルみたいな、とにかく甘くていい匂いがした。
さっきまでまる子と友蔵のやり取りに爆笑していたくせに、心は完全にお姉さんに持っていかれていた。
サングラス。チューインガム。ほつけたジーンズ。足を組んでいる。どこかのベースボールチームっぽい、アメリカンなタンクトップから生える華奢な腕。胸は薄いけどそれすら外せないアイデンティティのようで(これはあまりにも、当時の光景を思い出した‘現在の私’が持った感想だが)全てが出来過ぎていた。

長い間見惚れていたからか、
「ガム好き?」
とお姉さんに話しかけられた。
焼肉屋の帰りにしか食べたことがなく好き嫌いの判別はつかなかったけど、
私は思わず「大好きです」と答えた。
お姉さんは色とりどりー赤とかオレンジとか水色とかのガムボールを手のひらに乗せてくれて、私はそれを一気に口に放り込んで、とびきりデカい風船を作ろうと目論んだ。
クチャクチャクチャ、口の中で混ざる味、ぷくぅ、膨らませる。
「この子才能あるよ」
ちゃんと聞き取れなかったけど、お姉さんは斜め後ろに座っているお兄さんに向かって、そんなようなことを言った。
お姉さんと似た雰囲気のお兄さんは、ニコッと微笑んだ。
私は他人に無条件に褒められるみたいなことが初めてで、すっかり浮かれてしまったのを覚えている。

新幹線はこういう“カッケー大人たち”を運ぶ乗り物なんだと思ったのも束の間、帰りの新幹線は靴下を脱ぎ散らすおっさんの横でがっかりした。


その後、お姉さんとは漫画の中で再会することになる。
中学生になり矢沢あい作品にハマり出した私は、NANAを読んで驚いた。
大崎ナナはあのお姉さんに違いないのだ。
他の矢沢作品にもお姉さんの要素は散らばっていたけれど、ナナが最も近かった。

そして歳をとって思うことは、私はどうしたってナナに憧れるハチの側だなってこと。
憧れの人がいるのと、憧れの人そのものになるのと、どちらが幸せなんだろうか。

ーーナナになりたい人生だった。

ハマショーの『MONEY』がすきです。