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NIGHT IN PINK

「君のあそこはピンクの薔薇なんだろ?」
その言葉が落ちるまで、私たちはただ薄いアルコールの膜をまとった沈黙の中にいた。ルカがグラスを置いた音が、場の緊張をほどいたのか、それとも逆に張り詰めたのか、わからない。ただ、その一言が全員を強く引き寄せたのは確かだった。

「なんだよ、それ。詩人か?」
モリが少し笑って、目尻を指でこすった。その仕草が照れ隠しなのか、本当に痒かったのかすら私には区別がつかない。

「詩人かどうかはわからねぇけど、ピンクの薔薇はなかなかのもんさ」
ルカはゆっくりと語尾を落とし、薄暗い照明の中、私をちらりと見た。目が合った気がしたけれど、すぐに彼はグラスの中身に視線を移した。

「ピンクなんて、あたしには似合わないよ」
私は口をとがらせながら返したが、正直その言葉に隠されたイメージが頭から離れなかった。ピンクの薔薇なんて、どうしてそんな表現が浮かぶんだろう。

「でもさ、自分が自分に発情するって、あるよな?」
モリが突然の大胆発言。彼の言葉は軽妙だけど、いつもどこか鋭い。

「いや、それはお前がナルシストだからだろ」
ルカが短く切り捨てるように言ったけど、表情は緩んでいた。

「違うよ。自分が、自分のどこか知らない部分を見つけたときとかさ」
モリは腕を組んで首をかしげる。

「……鏡の前で?」
私は思わず尋ねる。

「そう。鏡の前でさ、ピンクの薔薇みたいに艶めく自分の一部を見て、『これって俺の一部なんだよな』って思うとき」
モリが言葉を紡ぐたび、部屋の空気がじんわりと甘く、そして奇妙に熱を帯びていくのがわかった。

「そんなこと考える奴、そうそういねぇよ」
ルカがため息混じりに言い放つ。けれどその声の裏には、ほんのわずかな揺らぎがあったような気がした。

私はふと、手のひらに置いたグラスを見つめる。ピンクの薔薇、自分への発情、艶やかなイメージ──話しているだけで体温が少しずつ上がっていくのを感じた。

「ピンクな話って案外いーね」
私はそう呟いた。誰に向けてでもなく、ただこの場の空気を滑るようにして。

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北村らすく
ハマショーの『MONEY』がすきです。