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ビターな余熱【はじまり】

ラブホテルに入り浸る生活を脱し、愛しい彼女を手に入れたい。
おれはもう怠惰にすら飽きたのだ。
櫛子次郎は、冷凍グラタンの温まりきらなかった部分をほじくりながら発泡酒を煽った。
放尿の跡が残るシーツからはツンとした臭いが漂ったままだ。

櫛子が古い知人である水戸森なつめに呼び出されたのは、先週の月曜日だった。
名駅付近のクラシカルな喫茶店。
調整され尽くした照明とミュージック。
無計画な人生を進む男が二人。
「櫛子、この人に見覚えある?」
水戸森のスマホの画面には、アッシュカラーのワンレンショート、全てのパーツの主張が強く、くっきりした吊り目でこちらを睨みつけるように立つ人物が映っていた。
「いや。気が強そうな女は苦手なんだ、知ってるだろ」
ため息混じりに答える櫛子を無視して、水戸森は続ける。
「S山女学園大学四年。三上楓。どうも近々指名手配されるらしい」
「何でそんな重要なことを一般市民のおまえが知ってんだ」
「今はめまいが酷くて休職中だけど、僕の職業を言ってみて」
「フードライター」
「そういうこと」
「まるで説明になってないな。罪状は? それでその女とおれに何の関係があるんだ」
矢継ぎ早に聞く櫛子を「まあまあ」といなす水戸森。
「順を追って説明するから。彼女は世間を賑わせたあの当たり屋家族の生き残りらしいんだ」
「待て。あれは少年だったろう?」
「それは表向きだよ。中絶ビジネスが絡んでる」
「ここは日本だぜ? 堕胎で金を稼ぐなんてそんな馬鹿な話……」
櫛子は、他のテーブルの話し声が一瞬止まった気がした。

ハマショーの『MONEY』がすきです。