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ペディキュアとターコイズブルー

モリが床に腰を下ろし、私の足を軽く膝の上に乗せた。真剣な顔つきでペディキュアのボトルを手にしているのが何とも不似合いで、ついニヤけてしまう。

「何笑ってんだよ。俺だって初めてなんだわ、こんなの」
そう言いながら、彼はボトルを開けて、筆に丁寧に液を含ませた。

「ほぉ、慎重な筆使いだこと」

「大人しくしてろよ。これ、失敗したら塗り直しだぞ」
彼が私のつま先に筆を当てる。ひんやりした液体が肌に触れて、少しくすぐったい。

「ちょっ……ダメ、動いちゃう」
「じっとしてろって。ほら、深呼吸しとけ」

モリは不器用そうに見えるのに、思いのほか器用な筆さばきで、ターコイズブルーの色を爪に塗り重ねていく。

「……ほら、完成。思ったより上手くねぇか?」
モリが満足げに言いながら、仕上がった足先を指さす。濃く澄んだターコイズブルーが、私の肌に映えて鮮やかだ。

「いいね、これ。さんきゅー」
私は足を軽く揺らして、色の輝きを確かめた。

「お前のためにやってやったんだから、せいぜい海辺で自慢してこいよ」
モリが照れくさそうに目をそらすのが、何だか可笑しい。


夕陽が地平線に沈む間際、海は濃いオレンジから深い藍色へと変わりつつあった。ささやくように寄せては返す波を見ながら、私たちはなぜか縦になって歩く。砂利混じりの砂浜に足を踏み入れるたび、足裏に小石があたり、心地よい痛みを感じる。

「足、痛くないか?」
モリが歩きながら尋ねた。肩越しに振り返った彼の手には、さっき拾ったばかりの白い貝殻がひとつ握られている。

「大丈夫。むしろ、気持ちいいかも」
私は笑って答えた。夕陽の光が波間を照らし、ターコイズブルーのペディキュアがキラキラと輝く。

「この色、海と似てるね」
私が足元を見下ろすと、モリがポケットに手を突っ込みながら言った。

「そりゃあお前、海辺を歩くために塗ったんだろ? 似合っ……あ! おい」

私はモリから貝殻を奪い取ると、それを夕陽にかざして光を透かして見せた。波が足元をさらい、ひやりとした感触が広がる。風車が海風でゆっくりと回る。

「お前さ……」
モリが不意に口を開く。
「何?」
「いや……やっぱ敵わねぇわ」

彼の言葉は、海風のせいでぼんやり滲んで聞こえた。

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北村らすく
ハマショーの『MONEY』がすきです。