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K SIDE:GOLD 03-4

著:高橋弥七郎

第三章 霧ノ市きりのいち弁治べんじ(四)


 ここ『霧ノ市』は、名前通り夜霧の内にある。今では滅多に見ない、地面に筵を敷く形式の露店と、その周りをうろつく人々が、吊した裸電球の下にぼんやりと窺えた。行き交う声は大小に揺れ、近くのような、遠くのような、曖昧な距離感で来訪者を惑わせる。
 そんな市の、内か端かも分からない広場で《かぎろひ組》と《法務庁法制第四局》が幾つかに分かれ、七輪に置かれた鍋を囲んでいた。誰もが心身の疲労を鍋で補充すべく、市の自称・名物『なんやら鍋』(なにが入っているやら、の略)に箸を突っ込んでいる。
 寛ぎに沸く、これら輪の一つに、大戸野は混じっていた。
 というより、混じらされていた。
 共に鍋を囲む面々の態度は、全く明け透けである。
「私が《王》となったのは敗戦のすぐ後、参謀本部の残務処理を終えた頃です。朝ご飯を頂いていた折、正座で相対するチカさんに、こう切り出しました――『約束通り、戦争を生き残りました。結婚しましょう』――と」
 まるで講義するかのように蕩々と語る泥はもとより、
「なんの話だ、茄子なすが」
 鍋の具にはない苦虫を噛み潰した顔の雲野も、
「そ、それで、受けたのかい!?」
「はい、約束したので。生き残らせるには一番の条件でした」
 激しく話に食いつくスワ子も、冷静に答えるチカも、
「やり合う気がないなら、おまえも食え」
「……」
 平然と椀を渡した大隈も、包帯で全身を覆った大戸野の風体を気にも留めない。されるがまま椀を受け取るコルトだけは、その余裕もないほど落ち込んでいるからかもしれないが……。
(あんな怪物を見た後だから、俺程度はなんてことないのかもな)
 そう自虐してしまうほどに、誰もが自然体だった。
 泥は鼻高々に続け、
「そう、そのような快諾を――」
「常と全く、同じ調子の『はい』でした」
 チカの訂正に従う。
「――許諾を得た瞬間、あの“石盤”と接触したのです」
 雲野は不機嫌そうに吐き捨てつつ、
「だから、なんの話だ。めでてえ野郎だ、とでも言って欲しいのかよ」
 なあ、と同意を求めるように大戸野を見た。
 泥もそんな雲野を無視して、
「吉事は吉事として……私は、私の抱いた『新たな時を築いてゆく意欲の爆発』が“石盤”を反応させた、と考えています。他の《王》も同様に、各々の心象が理由である、とも」
 答えを促すように大戸野を見た。
 当の大戸野は、そのどちらにも反応しない。というより、どう反応すべきか分からず、黙っている。ここまで近しく接する気も、込み入った話をする気も、本来はなかったのである。

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