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【小説】40才のロックンロール #4

" 人間だから、欲もあります。人間だから、恥もあります。花じゃないんです、人間は。いろいろあるんです "

「日本の夏ロックンロール」は、ベスト・オブ・サマーソング。マーシーの傑作だ。

「生2つと枝豆。あ、あとおまかせ5本ね。」

松島は、僕に確認することもなく、席に着くなり注文した。すぐに運ばれたキンキンのそれをぶつけ合い、お互い信じられない量の一口を消費した。

「え、今日休みだったの?」

「いや、サボった。今日はサボタージュがバレない日なのよ。4時から暇だった。」

こいつは意味不明で不真面目だけど、要領がいい。そこそこ真面目でとても要領の悪い僕とは対照的に、魅力のある生き方をしている。僕にはそう見えてしまう。

『平太』は学生時代から通っている、焼き鳥居酒屋。安くて美味い。そして、けむくてうるさい。換気扇がぶっこわれている。ハイボールはウイスキーとソーダの割合が逆なので、2杯でフラフラになる。

「どうよ、最近は?」

松島がタバコに火をつけながら言った。電子タバコ全盛の今でも、彼はずっとハイライトを吸っている。

「別に。何も。」

「俺も。」

僕らの会話は、盛り上がらないときはとことん盛り上がらない。

「はいよ、おまかせ5本ね。マーシーけむいわ。ハイライトやめれ。」

「何言ってんのよ、増子さん!けむいのは、あんたのところの換気扇がぶっこわれてるからでしょうが!」

店員の増子さんと松島のこの掛け合いは、毎回のこと。増子さんは松島のことをマーシーと呼ぶ。やめてほしいが、松島はまんざらでもなさそう。そこが腹立つ。

増子さんは僕にとって、ロックンロールの先生だ。彼にはいろいろなバンドを教えてもらった。たまに一緒にライブに行ったりもする。

「そうだ、ケンちゃん。ザ・スタイロフォームっていうバンド知ってる?」

「またバンドの話かよ!」

松島は、せっかく素晴らしい名前をつけてもらったのに、ロックンロールにはまったく興味がない。僕と増子さんがバンドの話をしていると、いつも暇そうにタバコを吸って宙を見ている。

「スタイロフォーム…?…バンド名ですか、それ?分かんないす。」

「最近見つけたんだけどさ、かっこいいのよぉ。今度ライブ行こうよ、ケンちゃん!」

「…い、いいっすね!行きましょ行きましょ。」

「でさ、スタイロフォームってさ、メンバー全員が建築学科卒業らしいのよ。お前らと同じじゃん。」

まったく予想してなかった角度から、あまり聞きたくなかったワードが音速で飛んできて、頬をかすめた。

そう。僕らは建築学科卒業。偏差値「中の中の中」を地で行く大学。「習うより慣れろ」の精神で、課題提出のために日夜手を動かしまくり、血走った目でキャンパスライフを謳歌した。

松島は大学に5年通った果てに建築の道には進まず、Webデザインの職についた。その他の友人らも、設計事務所やゼネコン、内装関係などなど、それぞれの道に進んでいった。いまや独立して活躍している同期もいる。

一方、僕はそんな同胞らの、落ちこぼれ代表。だと思っている。勝手に思い込んでいる、のか。

「そうそう!そして、こいつは一級建築士!そして、いまやアメドリ勤務の超エリートだから!ははっ!」

「うるせぇ、本当黙ってろよ。」

本当にヘッドロックかまして、口におしぼりを突っ込んでやろうかと思った。松島のすぐ調子に乗るところは、なんとかしてほしい。

「ははっ。そういえば、ケンちゃんって一級設計士?建築家?だったな。まぁ、ゆっくりしてって!」

増子さんは忙しそうに、他のテーブルに注文を取りに行った。

僕は、頭の中でリフレインされる「建築学科卒業」を掻き消したい思いで、中身のない会話に終始した。最近の芸人はなんだの、最近のテレビはなんだの、あの女子アナがかわいいだの、あの映画がかっこよかっただの、あの戦争は許せんだの、日本代表がどうのこうの。

ひとしきり話し、間が空いてしまったとき、松島の回らなくなりはじめた舌が、僕に問うた。

「で?まだ、なんか悩んでんの?お前。建築やりたいわけ?」

「いや、別に悩んでねぇよ。どうでもいい。勘弁してくれ。」

「ふーん。…どうする?ハイボール、行く?」

ハイボールの注文は、この試合が8回裏まで来ていることを意味する。今日もゲームセットが近い。

いや、今日に限っては、ゲームセットへ向かっている感覚が湧いてこなかった。

頬をかすめた「建築学科卒業」が、僕の心の波を、いよいよ目視できるくらいの波へと増幅させた。

過去も現在も、そして未来まで、ままならない。俺は常に、ままならない。どうせ俺なんてそんなもんだ。涙も出なけりゃ、屁も出ない。

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