オーディオのお話(12)~高級オーディオの思い出~
銀行に勤めている頃、得意先にオーディオマニアのお客様がいました。その方は当時70代の医師で、すでに大学病院を退官され、いつ伺っても、オーディオルームにどっかりと座って音楽を聴いていましたね。
そのお宅のオーディオルームは玄関のすぐ前にあり、おそらく二十畳近くあったと思います。部屋の奥にタンノイの巨大なスピーカーが鎮座していて、MACTONEの真空管プリアンプ、パワーアンプが並んでいました。CDトランスポートはエソテリック。それらを繋ぐケーブル類はすべて極太で、蛇のように床を這っていました。立派な木造住宅でしたが、1階のオーディオルームだけは床下をコンクリートで固めたとおっしゃっていました。
初めてその部屋に通された時のこと。「立派なオーディオシステムですねー!」と言った瞬間、その方はリモコンをポチっと押しました。スピーカーから、アルフレッド・ブレンデルのピアノが流れてきました。
「おおおお」
やや高い位置に設置されたスピーカーから、まるでシャワーのように、音が降ってくるように感じました。「感動する」というよりも「圧倒された」という方が正確です。
そんな私を見て、お客様はニヤリとしました。「どうだ凄いだろう」と言わんがばかりの表情で。
25年くらい前の記憶なので、漠然としていますが、その時に素直に感じたことを書き連ねてみます。
たしかに凄い音でした。一音一音が聴き手に迫ってくるようでいて、静かなのです。
ある日、このお客様に「オーディオにとって、一番重要なことは何ですか?」と尋ねると、「電源です」と即答されました。一戸建てのお宅だったので、この部屋だけ独自の電源を引き込んでいたかもしれません。徹底的にノイズ対策を施されていたことでしょう。たしかに、静寂感は素晴らしいもので、まるで別世界。音楽に吸い込まれるように感じました。
しかし、そのシステムから出てくるピアノの音に、どことなく違和感を感じたのも事実です。その頃、私はアマチュア社会人合唱団に所属していましたが、ステージで聴いている本物のグランドピアノの音と違う音に感じたのです。ピアノの直接音にホールトーンがブレンドした音ではなく、直接音そのものがピアノ本来の音と異質な音に感じました。
その音のことを、言葉ではうまく表現できません。専門用語でいうところの「歪み」だったのか知れませんし、機器が高級機すぎるゆえ、音源のアラが聴こえたのかもしれません。
あのお客様が、オーディオシステムに何千万円かけられたのか知る由もありませんが、こうした貴重な経験は、オーディオを愛する者にとって教訓にもなります。自分が求める音のイメージが明確でないと、多くの投資をしても無駄になる可能性があるでしょう。
すっかり演奏会から足が遠のいていますが、たまには生の楽器に触れる機会を持とうと思います。決して著名な演奏家でなくてもいいのです。楽器本来の音に触れて、自分の基準がブレないようにしたいと思います。
最後までお読みいただきありがとうございました。