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美しい自然を求めて

立秋を過ぎたというのに、相変わらずの猛暑。

私の勤務先は8月7日から15日まで連休だった。一日目は自宅で休養。二日目は母の病院の付き添い。ようやく三日目の9日に一人で外出する気になった。

騒がしい街はまっぴら御免だ。できるだけ静かなところがいい。きれいな水が流れている場所に行きたい。

となれば、海ではなく山だ。数年前に家族で宮ケ瀬ダムに行ったのを思い出し、神奈川県の清川村に行こうと思い立った。クルマで渋滞にハマりたくないので、この日は、電車とバスを乗り継いで行くことにする。

小田急線の本厚木駅から「宮ケ瀬」バス停までの所要時間は52分のようだ。運賃は810円もする。根気よく調べてみると、小田急電鉄で「宮ケ瀬ダムハイキングパス」というものが販売されている。小田急線の乗車駅から本厚木駅までの往復と、今回利用するバス路線の途中乗り降り自由パスがセットになって、かなり割安なのでこれを利用することにした。

快速急行で本厚木駅に到着。あらかじめ調べてあったので、バス停もすぐに分かった。

厚20系統「宮ケ瀬」行きのバス便は一時間に一本。通勤時間帯はとっくに過ぎているのに、駅周辺は渋滞していて、厚木の市街地を抜けるのに予想以上に時間がかかった。この辺りの道路事情は昔から変わらないようだ。いざ、県道60号線に入ると、次第に住宅がまばらになり、飯山温泉にさしかかると、山間部に入ったことを実感する。

トイレに行きたくなり、「清川村役場前」で途中下車。定刻より15分以上遅れ、ここまで50分以上かかったことになる。道の駅「清川」でトイレを拝借。次のバスが来るまで一時間。二階の休憩室で休むことにした。昼食をとる時間には早い。看板に惹きつけられ、ソフトクリームを注文したが、これが大正解。実に濃厚で美味だ。

バス停に戻り、ベンチで次のバスを待つ。気温は35度近くあっただろうか。当然ながらTシャツ一枚でも汗びっしょりだ。しかし、都会に比べてアスファルトの少ないこの土地は、嫌な暑さに感じられない。空気が滞留するビル群では味わえない空気感である。セミの鳴き声が山々に響く。聞こえるのはそれだけ。派手な広告もアナウンスもない。

バスにさらに20分乗って、目的地の宮ケ瀬湖畔に到着した。平日の真っ昼間。夏休みとはいえ、熱中症の危険のある時節柄、子供は全くいなかった。この広い空間を独り占めした気になる。

360度広がる青い空。峰々からゆっくりと入道雲が顔を出すのを眺めるだけで、気持ちが開放される。宮ケ瀬湖の湖面は、夏の強い日差しに照らされて眩しいほどだ。とは言え、さすがに暑いので木陰のベンチを見つけ、ただぼんやりと過ごした。実にいい。トンボがのびのびと飛ぶ姿を見て、久しぶりに俳句を詠んだ。

「先客や湖畔をぐるりアキアカネ」

お盆休み前の平日。広大な芝生の広がるけやき広場は、人がほとんどいない。スマホで音楽を聴いたりしてのんびり過ごした。

宮ケ瀬湖にかかる長い大吊り橋を見つけた。渡るのも自分一人だ。大声で歌っても、誰にも聞こえかっただろう。眼下に遊覧船が泊まっている。素晴らしい景色だ。

橋を渡りきると、静かな住宅地があった。ログハウス調のお宅や、庭に薪を積んでいるお宅がある。冬は薪ストーブで暖をとっているようだ。土地柄、それがとても似合う。

「宮の平」バス停で、ぼんやりとバスを待つ。鳥の声がするので、見上げるとツバメが飛び交っている。何羽も仲良く電線に止まっては、にぎやかに鳴いている。ツバメが営巣する土地に来たのはいつ以来か。

「今日、ツバメを見た」

そのことだけで、幸せになる。心が穏やかになる。

この湖は、ダムが建設されたことによってできた人工湖である。湖の底には、かつて集落があり、そこに暮らす人々の営みがあった。ダム計画が発表され、当初は反対だった方々が、慣れ親しんだ土地を離れる決断をしてくれたお蔭で、その後の神奈川県の治水、給水、電力供給に大いに寄与していることを、私たちは忘れてはならない。

今では、この地域一帯は、ダム湖と緑の調和による美しい景観が創生され、ここを訪れる人々の安らぎの場となっている。「開発」、「集落の保存」、「自然環境の保護」といったバランスをとることが難しい課題を多くの人々が力を合わせて成し遂げた成果を見た。

こうした件に関しては、多くの意見があるだろう。しかし、私個人にとっては、この場所が心が安らぐ場所であったことに間違いはない。

自分のお気に入りの場所がまた一つ増えた。さすがに、真夏には堪えるから、紅葉前にまた来たいと思う。

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