地上から取り去られた真の父母
人類最初の真の父母として選ばれた、文鮮明・韓鶴子夫妻は未だ完成していません。
文鮮明師の聖和後に家庭連合に残った食口は、韓鶴子総裁に変わらずお仕えした自負心があるはずです。
一方で全ての分派は、そのような宗教的情熱を認めてはいません。
家庭平和協会の文顯進会長は、韓鶴子総裁が(このまま責任分担を果たせないのであれば)真の父母の栄光を受けるのは困難だという見解です。
サンクチュアリ教会の文亨進・國進両氏は、文鮮明師を(本人の承諾なく)韓鶴子総裁と離婚させました。
三弟子として家庭連合に残った金栄輝先生も、最近になって独生女支持を撤回しました。
私はここまで家庭連合の多くの知り合いに議論を呼び掛けましたが、根底にあるのは感情的な問題だと感じました。
「人間が責任を果たさなければ摂理は延長する」という残酷な現実を、誰も直視することができないのです。
「お母様を否定したら信仰を放棄したも同然、そこまで落ちぶれていない」という絶対信仰は、強情と紙一重でしょう。
アブラハム家庭然り、モーセ路程然り、イエス路程然り、復帰摂理は延長の連続でした。
イエス路程に至っては、キリスト教徒が本来の計画を見失って2000年が経過しています。
人類最初の真の母だけが、責任分担不履行を見逃してもらえる原理はありません。
「お母様だけが絶対正しい」という基準にひたすら自分を合わせた食口は、神様の摂理とどれ程ずれたか感じ取れないかもしれません。
主の花嫁が無原罪で生まれるという原理はありませんし、聖婚式が完成する前に基元節を「ひとりで」奉献してはいけません。
歴史の目的は独生女を迎えることではなく、真の家庭が三大王権(三世代)を実現することにあります。
教理研究院の護教神学が何であれ、食口の宗教的情熱がどれだけ篤くとも、真の家庭が破壊された現実を覆い隠すことはできないでしょう。
イエス様が十字架によって地上から取り去られたように、人類最初の真の父母も地上から取り去られました。
そこからは真の家庭理想を取り戻すための延長摂理が、はじまることになります。
「お母様だけが絶対正しい」と目が曇っている食口には、見ることができないでしょう。
人間には自由があるので、時に間違えます。
私もそうですし、真の母として選ばれた方もそうです。
間違えるからこそ、全力で責任を果たすことに価値があります。
「絶対正しい」を誰かに委ねた瞬間に、食口は自らの責任を放棄しているのです。