微音 ―ビオン―
BIWAKO BIENNALE 2020
激動の時世のなか、ここ彦根で開催されている今日このごろ。
初っ端に紹介するなら「絶対ここや!」と決めていた、
展示会場 5番 ―― スミス記念堂。
なぜか。
理由は愚直――ド近所だから。
NPO法人スミス会議曰く、
スミス記念堂は、昭和6年(1931年)に
日本聖公会彦根聖愛教会の
パーシー・アルメリン・スミス牧師の投資と、
彦根の宮大工である
宮川庄助氏の敏腕をもって建てられた和風礼拝堂。
歴史的価値の高い建築物である、
と知ったのは、実はつい最近のこと。
再建された平成18年当時、
小学生だった私にとっては、近所に突如あらわれた芝生のある公園。
青芝にビニールシートを敷いて、
眼前の彦根城と桜並木を眺めて花見に興じ、
コンクリートの駐車場は縄跳びや部活の練習場所でもあった。
ありがたいことに「罰当たり」と怒られたことは一度たりともない。
でも、どこかで〈礼拝堂〉の意識はあって、
今日という日まで入堂したことはなかった。
そして、ビエンナーレという、
なんとも稀有な機会をもって解禁されるとは夢にも思っていなかった。
正面の扉は観音開きで松竹梅の文様が彫刻されつつも、
葡萄の蔓を纏った十字架が威厳を示している。
「ちゃんと礼拝堂なんや」
当たり前な言葉だが、
10数年、勝手に貼っていたレッテルを〈きちんと〉はがした瞬間だった。
堂内は予想よりこぢんまりとしていて、色彩も単調。
一方で作品はシンプルながらに存在感を放って いた。
板間に「所狭し」と言わんばかりに並べられた、何十ものグラス。
赤松音呂という一大アーティストによって生み出されたチジキンクツ。
普段、人間が気に留めない―進化の過程で手放し、
感知することができなくなった―地球が奏でる微音に、
僅かながら時間を奪われた。
シャッター音すらノイズに感じさせるほど繊細な音。
こればかりは写真に投影しきれない。
あの静寂での自然な囁きは、
あの場あの空間をもって、
ひと度ごとに創りだされるもの。
同じ音は二度とつくらせてはもらえない。
とりとめもない休日になるはずだった
2020年10月24日は、
地学、化学、科学 すなわち ―地球にとっての摂理― が
人間にとって芸術たることも、
認識が〈近所の公園〉から〈歴史的建造物〉に改められることも、
「森羅万象」 こそ 日常と非日常の可能性を秘めた存在
であると再見する時間になった。
(文・写真 小林 真紀子)